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頭がぼうっとする。
まだうすらとしか開かない瞼のせいで狭い視界の中から、ここがどこなのか必死に探る。
ここが保健室だと分かったのと、すぐ横に川村がいることに気づいたのはほぼ同時だった。
「大丈夫か」
「あれ、授業は…」
「…とっくに終わったよ」
ぼうっとしていた頭が一気に冴える。
今日の6限目の数学は、確かこの前の模試の解説だったはず。
解説を読んでも分からなかったところ、せっかく理解するチャンスだったのに。
何やってるの私、寝てる暇なんかないのに…
「じゃあ俺が慰めてやる」
「……え?」
「"大丈夫か"って聞いてんのに答えないから、勝手にお前の答え予想して、それに返答しましたー」
そう言ってケラケラと笑う川村に、人の気も知らずにそんな顔で笑うなと怒りたいのに、私が"大丈夫じゃない"ことに私が気づくよりも先に気づいてくれて、そんな川村が人の気を知らないわけがなくて。
幼い子が駄々をこねるのを宥めるかのように頭を撫でられて、いつもなら刺々しく文句を言いながら手を払っただろうに、今はなぜか黙ってじっとしてしまう。
いつもと違う空気が流れる空間に耐えられず視線を泳がせていると、ピンク色のチューリップが生けられた花瓶が目に入った。
数本あるうちの1本には、"Love you"の文字が書かれたテープが巻き付けられていた。
「うわ…」
「どうした」
「見てよあのチューリップ。"Love you"だって」
「ああ。保健の清水先生、最近彼氏できたらしいよ」
彼氏からプレゼントされた花ね…
それを勤め先の学校の保健室に飾るのってどうなの?
本当にそうなのかどうか分からないけど、"Love you"のテープからして可能性は高い。
まあ、そんなことはいいとして…
「川村さ、花を人にプレゼントするのってどう思う?」
「急だな。まあ、定番のプレゼントだよな」
「花って貰って嬉しい?」
「花を好きな人なら嬉しいんじゃねえの。それに、相手の想いがこもってれば誰でも嬉しいだろ」
「花に想いって込められると思う?」
「ええ?」
川村は明らかに困惑している様子だ。
私は、受験勉強のために辞めてしまった花屋でのバイトのことを思い出していた。
込める想いが大きいお客さんほど、その想いの方が負けてしまうんじゃないかと心配になるほど大きく華やかな花束を買っていくから、それなら花束なんかなしに、ただ気持ちを伝えるだけでいいじゃないかと、何度もそんな考えが頭に浮かんでいた。
「大きければいいもんでもないでしょ。無料サービスの小さくてしょぼいメッセージカード添えてさ」
「…ひねくれてんなあ吉野」
「なんでよ」
「花を誰かにあげる時って、もっとシンプルだと思うよ」
「なにそれ。じゃああんたは誰かに花あげたことあんの?」
「さあね」
元気になったならもう帰ろうと、近くの台に置いてあったらしい私の鞄と弁当箱を持ってさっさと保健室の出口の方に歩いて行ってしまう。
私も置いていかれまいと素早くベッドから下りて、川村の方に走っていった。
川村と電車の乗り換えで別れてから、スマホに溜まっていたクラスメイトからの心配するメッセージを一つずつ確認していく。
教室で急に倒れたんだから、みんなびっくりしただろうな。
川村、いつから保健室来てたんだろ。
あいつも自分の勉強あるはずなのに。
家勉強派だったよね、確か。
悪いことしたな。
…あ、そういえば私、川村にありがとうって言ったっけ。
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