アスピリン。

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ラストの曲を終えステージから捌けた瞬間、前を歩いていた陽輝の身体がグラリと後ろに傾き、そのまま視界から消えた。 何が起きたのか分からずに立ち尽くしていると、一気に現場がざわめき始めやっと状況を理解した。 「陽輝..!」 「はぁ..は..っ」 「大丈夫?!俺のこと、わかる?」 「げほ..っけほ..」 集まってくるスタッフを掻き分けて駆け寄り、汗でぺったりと張り付く前髪を避けた際に僅かに触れた額が酷く熱かった。 瞼を固く閉じ、苦しそうに荒い息を漏らしている。 慌てて頬を軽く叩き意識を確認すると、陽輝は大丈夫だと言いたげに小さくコクリと頷いたけれど、もう声を出すのも辛いようだった。 「ぐぅっ..吐、く..」 「え?」 「っう、おえぇ!い、いや、だ..っごほッげぇ..!」 「っと..!よしよし、大丈夫だから落ち着いて。全部吐いてスッキリしちゃいな。ね?」 口元を覆い消えそうな声で何か呟いたと思った刹那、倒れ込んだ姿勢のまま嘔吐し始めた。 こんなところで吐いてしまったという罪悪感からなのか、それとも我慢できない程の強烈な吐き気からなのか、少しパニックを起こしているように見える。 きっと熱が高いせいもあるだろう。 「げほ..っは..」 「辛いね。まだ吐きそう?」 「..も、へい..き..」 「そっか、良かった..」 すぐに胃液になったのを見て、昼食をあまり食べていなかったことを思い出した。 あの時に一言でも声を掛けていたら、こんな風になるまで無理をさせずに済んだかもしれない。 一番近くに居る自分が、もっと早く不調に気付いてあげるべきだったのだ。 「真尋がそんな顔してたら陽輝が不安になんだろ。これ以上悪化する前に、早く帰って看病してやりな。」 「僕もスタッフさんも居るし、後のことは任せて。」 「二人とも、ありがとう。こう言ってくれてるし、帰らせてもらおうか。」 「..迷惑、かけ..て..ご、めん..花咲..さん、も..すみ、ま..せん..」 不意に誰かに後ろからぐしゃりと頭を撫でられ振り返ると、龍と要くんが安心しろというように微笑んだ。 余程ひどい顔をしていたのだと思う。 俺がしっかりしないと。 陽輝が安心して休めるように。 「おぶって良い?」 「動け、る..っあ..」 「ほら、無理しないで。」 「ご、めん..」 ふらつく陽輝をおぶって車まで連れていき助手席に座らせると、少しでも温まるように暖房をつけてブランケットや上着をかける。 それでもまだ寒いようで、身体を小さく丸めてカタカタと震えていた。 「眠れそうだったら着くまで寝てて良いよ。もうすぐ暖房も効いてくると思うから。」 「う、ん..」 「途中で気分悪くなったりしたら遠慮なく言って。」 「あり、が..と..」 疲れきっていたようで、陽輝はすぐに寝息を立て始めた。 でも時折、激しく咳込んでいるのが気になる。 早く薬を飲ませて、ベッドでゆっくり寝かせてあげたい。 「ま、ひろ..」 「どうした?気持ち悪い?」 「っ吐、きそ..」 「..これに。」 20分ほど車を走らせた頃、陽輝が切羽詰まった声で吐き気を訴えた。 目をそちらに向けると蒼白な顔をしていて、限界なことが犇々と伝わってくる。 用意しておいたビニール袋を素早く手渡すと、震える手でそれを乱暴に受け取り口元に宛がった。 「っうえ..はぁ..は..」 「吐けない?」 「んぅ..っぐぇ..!」 「辛いな..」 袋に顔を突っ込むようにして、何度も嘔吐く姿は痛々しかった。 もう吐くものがないみたいで、唾液だけがポタポタと唇から滴り落ちている。 隣に居るのに何も出来ない悔しさを抱えながら、家路を急いだ。
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