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⑥
「さて、僕たちもそろそろ帰りましょうか。」
グラスを洗い終え、簡単な掃除を済ませてから、僕は妻にそう告げた。妻は、カウンターの椅子に座り、ずっと本を読んでいたが、僕の言葉に、本をぱたんと閉じた。電気を消し、二人で扉から出る。チャリンチャリンと鈴の音が響く。扉の鍵を閉め、階段を降りる。
「もう、春ですね。」
ビルの外に出ると、少々冷たい風が僕たちの間を吹き抜けた。
「うん・・・でも、まだ寒い・・・かも。」
妻はそう言うと、横にいた僕の手をぎゅっと握った。僕は、その手を優しく握り返す。妻の手の温かさが、ゆっくりと僕の手に伝わる。
「今日も、大学のお仕事、お疲れさまでした。」
歩きながら、妻に声をかける。だが、妻はゆっくりと首を振った。
「私は大丈夫。あなたこそ、お疲れさま。ずっと立ちっぱなしは疲れるでしょ。」
妻は、私の足に視線を向けた。・・・やっぱり、この人に隠し事はできないものだ。
「まあ、疲れますけど・・・いいんですよ。」
僕は立ち止まり、妻の方に向き直る。いつものような穏やかな表情を浮かべた妻がそこにいた。
「僕は、あなたが癒される場所を作りたかったんですから。」
僕の言葉に、妻は、「うん。」と頷いた。その瞳は、まっすぐに僕を捉えている。先ほどよりも少しだけ、手を握る力が強くなる。
「ありがとう。」
そう言って、妻は笑う。電灯に照らされた妻の顔は、いつも以上にきれいだった。
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