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①
まさか駅を乗り過ごしてしまうとは思わなかった。よほど疲れがたまっていたに違いない。社会人になって約一年。私の心は日に日に壊れていっている。ああ、癒しが欲しい。
乗り過ごしたのは一駅。幸い、歩いて戻れない距離ではない。深夜、通ったことのない線路沿いの道を早足で歩く。線路と反対側には、飲み屋が何件も立ち並んでいる。ガハハと下卑た笑い声をあげる男たち。イチャイチャと腕を組むカップル。カツカツとハイヒールの音をたてながら死んだ魚のような目で歩く女性。その全てが私の心をイラつかせた。
歩き始めて十分ほど経った頃だろうか。三階建ての小さなビルが目に入った。ビルの横には、看板が一つ。
『2F ようこそ将棋バーへ。初心者さん大歓迎!』
ふいに、大学生の頃の記憶が思い出される。大学に入学した私は、何か新しいことを始めようと、いろいろなサークルを見て回った。だが、なかなかいいサークルは見つからなかった。ここで最後にしようと、足を踏み入れたのが将棋サークル。それまで、将棋に関しては、駒の動かし方くらいしか知らなかった私だが、サークルの雰囲気やメンバーの人柄を気に入り、サークルに入ることにした。始めてみると案外面白いもので、凝り性の私はすぐに将棋にのめり込んだ。毎日のように将棋を指したし、大きい大会にも出場した。
あの時の将棋サークルのメンバーは、今頃何をしているのだろうか。変わらず、何処か知らない場所で将棋を指しているのだろうか。それとも、私のように、忙しさのせいで将棋を指さなくなってしまったのだろうか。
そんなことを考えていると、また将棋を指したいという気持ちがむくむくと膨れ上がってきた。明日は久々の休みだ。今日くらい、こういった場所で将棋を指していても、誰に文句を言われるわけでもない。
私は、将棋バーのあるビルの階段に足をかけた。
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