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「矢野さんは? ここ料理余ってるから、箸と皿持ってくれば?」
「ううん、もうお腹一杯で。ありがとう」
とはいえ、もともと親しくないから会話のネタもない。高志は料理を口に運びつつ、あかりの言葉を待った。
「藤代くん、卒論は順調ですか?」
「ああ、もう目処はついた感じ。矢野さんは?」
「私も。後は年明けに教授に最終確認してもらって、問題なければそのまま提出します」
「へえ、そっか」
相槌を打つ。箸を置き、ジョッキを手に取る。
「……藤代くん」
「ん?」
「……少し話してもいいですか」
「え、うん」
遠慮がちに聞いてくるあかりに対して、高志は何も考えずに返事をした。今までの付き合いの薄さのせいであかりの話す内容は見当がつかなかったが、おそらく何か口にしにくいような話題なのだろうということは察しがついた。
「いいよ。何?」
「あの……すみません、ちょっと変な話なんですけど」
「うん」
「あの、もし嫌だったら、止めてください」
「うん?」
「あの……」
あかりはしばらく俯き、意を決したように顔を上げ、何かを言いかけるも、言葉にならずにまた俯く。前置きした上に更に言い惑うあかりを横目に見ながら、高志は急かすことはせず、黙ってジョッキに口をつけた。
「あの」
何回目かで、ようやくあかりが口を開いた。
少しだけ周りに目をやり、それから手を添えて高志の耳元に顔を近付けてくる。高志はジョッキに口をつけたまま心持ちそちらに体を傾けた。
「私、処女なんです」
ぐぎゅ、とおかしな感じで飲んだビールが気管の方に入り、高志は盛大に咳き込む。あかりが慌てた感じで、すみません、ごめんなさい、と繰り返した。
「……え?」
数十秒かかってようやく話せるようになってから、高志はおそるおそる聞き直した。聞き間違えたはずはないが、しかしその内容はあかりの口から出たとはとても思えない。
「ごめんなさい、変なこと言って、順番を間違えました。あの、違うんです、あの、ただ私」
あかりは両手を振りながら慌てた様子で矢継ぎ早に言葉を発する。
「私、あの、そういう訳なので本当にお話しできるようなことが何もなくて、本当に申し訳ないんですけど」
「いや、話さなくていいし」
何なんだ。まさか今から自分と下ネタでも話すつもりだったのか。
「あ、じゃなくてあの」
さっきよりも顔に赤みのさしたあかりが、必死に言葉を続ける。
「だから、私からお話しできることがないのに本当に申し訳ないんですけど、あの……少しだけ、お聞きしてもいいでしょうか」
その台詞を聞いて、高志は真顔になった。
――そういうことか。
「俺、ゲイじゃないから」
視線をそらし、淡々とそう言ってからあらためてビールを飲む。あかりは頷き、
「ではバイですか」
と返してくる。その戸惑いのなさで、適当に返したはずの自分の返答が、図らずも彼女の話の進むべき方向と正しく合致していると分かった。
そして、答えに詰まった。
自分はバイセクシャルなのか。その質問はつまり、異性だけでなく同性とも恋愛できるのかということだ。
それについて、一言で明確に返答することは難しかった。今までずっと何度も自問していたものだが、そうだとも違うとも言い切ることができなかった。
「……分からない」
視線をそらしたまま、手元のジョッキを見て、高志はそう答えた。
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