第22章 四年次・4月

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 金曜日、二人はゼミが終わってからいつものカフェで時間を潰した。夕食時になり、大学を出て歩きながら茂にどこに行きたいか聞かれて、高志は大学生向けの安くて量の多い定食屋を挙げた。茂に「安いなおい」と笑われたが、特に遠慮した訳ではなく、本当にそこの定食が食べたかっただけだった。  食事が終わり、店を出たところで高志はお礼を言った。 「ご馳走様」 「おう。で、これからどうする? うち来る?」 「うん」  茂が当たり前のように聞いてきたので、高志も当たり前のように答えた。茂は高志を見ると、笑って「じゃあビールも奢ってやる」と言った。そのまま並んで歩き出す。そして近くのコンビニに入ったが、そこで茂がいきなり「ただし悪いけど、今日はぷよぷよはできない」と殊更に深刻ぶって言うので、高志は笑った。 「別にいいけど。何で?」 「俺、今ゲーム断ちしてるから」 「ああ、勉強か。大変だな」 「そうなんだよ。一度やったらやめられない自信あるからさ。あと本も漫画もほとんど読んでない。ずーっと勉強ばっかりしてる。俺、今まじ枯れてる」 「サークルにも行ってないのか?」 「今はみんな就活中であんま来ないし、最近は行ってないな」  茂のアパートに着き、高志は約半年ぶりにその部屋に入った。居間に足を踏み入れると、やはりあの日の夜のことが思い出されたが、高志は何もないふりをして座卓のそばに座った。茂が座卓の上に並べた缶の中から、ビールを手に取る。 「お前、またビール?」 「何か、ちょっとは飲めるようになっておいた方がいいかと思って」 「ああ、そっか」 「社会人になったら、やっぱビールなんだろうな」 「でも今でも全く飲めない訳じゃないだろ。どうせ来年から飲まないといけないなら、今は好きなの飲んでおけばいいのに」  茂の言葉に、それもそうだなと思い、高志は缶ビールを置いて缶チューハイに持ち替えた。プルトップを開け、缶をぶつけ合う。「就活お疲れ!」と茂が言った。 「ま、藤代だったらすぐ決まってもおかしくないけどなー」 「いや、まあ、とりあえず安心した」 「何か出会いとかあった?」  ビールを飲みながら、茂が聞いてくる。 「え? ない」 「ないの?」 「あるかそんなの。みんな必死だって」  高志は苦笑しながら答える。 「じゃあ、まだ彼女いないまま?」 「いないよ。ていうか、できてたらお前に言うから」 「そっか」  ふと、この質問は以前であればキスに繋がっていたのではないか、と高志が思ったと同時に、「じゃあキスしていい?」と茂が真顔で聞いてくる。高志は少し意表を突かれた。何も言わない高志を見て、茂が缶を置いて近付いてくる。すぐに唇が触れる。少し遠慮がちに、数秒合わせただけで茂は離れていった。 「……はあ。何か久し振り」  唇を離した茂のその呟きを聞いて、半年振りだ、と高志は頭の中で呟いた。  ここしばらく茂が敢えて明るく振舞っていたのは分かっていたが、それは今までのことを全てなかったことにするためだと高志は思っていた。そしていつもの如く、その高志の推測は完全に外れていた。 「お前さ、馬鹿正直だよな」  そう言って茂が小さく笑う。「嘘でも彼女できたって言えばいいのに」  そして、何もなかったようにビールを飲み始めた。
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