昼下がりに君の声。

1/4
前へ
/4ページ
次へ
昔から体が弱かった僕は、皆と外で遊ぶことが出来ず本ばかり読んで過ごしていた。 小学生の時はそれを寂しく思っていたけれど、中学に入学して暫くしたらそんなこともなくなった。 独りでいることに心地好さを感じ始めた頃、クラスの人気者である藍沢晴斗が声を掛けてきた。 「なあ、なに読んでんの?」 「え、あ..村上春樹..」 「ふーん。面白い?」 「うん、面白いよ。」 独りぼっちの僕を気遣ってくれたのだとすぐに分かった。 人気者は余り者のお世話まで任されているのかな、と他人事のように思ったのを憶えている。 それでもこれがキッカケで少しずつ彼と話すようになり、いつの間にか互いを親友と呼べる存在になっていた。 前に一度だけ目の前で倒れてしまったことがあり、それ以来些細な体調の変化まで見抜いてきた。 迷惑を掛けてしまうのが申し訳なくて体調が悪くなっても黙っていると、頼れといつも怒られてしまう。 彼のおかげで灰色だった日々が確実に色を付け、活字以外の楽しみを覚えた。 高校も同じ場所へ行けることが決まり、二人で合格を祝い合ったりもした。 「また一緒だな!」 「うん、宜しくね。」 「あんま無理すんなよ?」 「分かってる。ありがとう。」 学ランからブレザーに変わり慣れないネクタイを締めて家のドアを開けると、おはよう!と変わらない笑顔でへらっと笑う彼が待っていた。 その顔を見た途端、さっきまでの不安が嘘のように消えていく。 代わりに甘い響きを含んだ鼓動が僅かに高鳴るのを感じた。 これが何だったのか考えているうちにクラスも部活も別々になり、話すキッカケが減っていった。 友達と楽しそうに話す彼の姿を見て嫉妬してる自分に気付き、漸くあの鼓動の高鳴りが恋をしているせいだったのだと自覚した。 だからといって想いを伝える勇気もなく、徐々に距離が離れていくばかりだった。 そして人気者の彼に守られなくなった僕は、卒業を間近にしてイジメの標的となった。 華奢なせいなのか、それとも彼に想いを寄せていることに気付かれてしまったのかは分からないけれど、突然ホモと呼ばれるようになり派手なグループの人達に最後の最後まで性玩具扱いを受け続けた。 そのせいで、未だに他人に触れられると身体が勝手に震え出してしまう。 何度も死のうと思いカッターを手に取ったものの、躊躇い傷が増えるばかりで本当に死ぬ勇気はなかった。 逃げるように地元から遠く離れた大学に進学し、そのまま何事もなく終えた。 そして在宅ワークで書籍の翻訳を始めてから、もう2年の月日が経つ。 ほとんど人と関わらなくて良いので、なんとか続けることが出来ている。 誰とも深く関わらずに過ごすことが、今の僕にとって一番の幸せだ。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加