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長い1日が終わり、ベッドに潜り込む。
前にも増して胃が食べ物を受け付けなくなり、日に日に身体が疲弊していく。
最近では飲料水でさえも吐いてしまうことがあった。
いい年した大人が孤独感に耐えられないなんて、情けないにも程がある。
しっかりしろ、と何度も自分に言い聞かせながら瞼を下ろした。
近所に良輔が引っ越してきたのは、俺が中学生の時だった。
桜が蕾を膨らませ始めた、春のことだったと思う。
「ぼく、たかおか りょうすけ。4さい。おにいちゃんは?」
「俺は米田 駿。14歳だよ。」
「しゅんちゃん!」
「はは、よろしくね。りょうすけくん」
両親に連れられて挨拶に来た小さな彼は、ニコニコと無邪気に笑いながら大人の真似をして俺に挨拶をしてきたのだ。
その姿が愛らしくて、くしゃりと頭を撫でて笑い返した。
それから3度目の春が来て7歳になった良輔は、大きなランドセルを自慢げに此方に向けてはしゃいでいた。
俺にもこんな時があったんだろうな、と思ったら少し懐かしい気持ちになる。
「駿ちゃん!見て見て!ランドセル!」
「そういえば今日から小学生だったな」
「似合う?! ね、似合ってる?!」
「うん、似合ってるよ。格好良い」
何故か妙に懐かれてしまって最初はどうしたら良いのか分からなかった。
けれど、いつしか兄のように慕われることが嬉しくなっていて、俺も弟のように良輔を可愛がった。
高校大学とそれなりに充実した日々を送り、何事もなく無事に卒業した。
新社会人として働き始め半年が経った頃、珍しく両親が映画を観に行くと言って出掛けて行ったっきり、二人は帰らぬ人となった。
飲酒運転の車に突っ込まれ、即死だったらしい。
あまりに衝撃的で、涙も出なかった。
「大丈夫…?まだ顔色悪いね…」
「…良輔か。大丈夫だよ。心配掛けて悪い」
「駿ちゃんには俺がついてるから」
「…っ、ありがとう」
葬儀を終えてから暫く体調を崩し寝込んでいると、良輔が今にも泣き出しそうな顔をして見舞いへやって来た。
ずっと心配してくれていたのだと思う。
俺を慰めるように抱き締めてくれたその身体が、いつもより大きく感じた。
一軒家での一人暮らしは、想像以上に寂しいものだった。
さほど大きい家じゃないとはいえ、ひとりぼっちで過ごしてみると、やっぱり広く感じてしまうのだ。
あれから2年も経つというのに、どうしても慣れることが出来ない。
独りになることへの恐怖感がストレスとなり、次第に身体へ異常を来し始めた。
「飯作ってきた。どうせろくなもん食ってないんでしょ」
「…はは、正解」
「ったく。倒れるぞ」
「んー、それは困るなぁ」
仕事の忙しさを言い訳にして、食事をすることを避けていた。
味が感じられず、気持ち悪くて上手く飲み込めないのだ。
とはいえ全く食べない訳にもいかず、咀嚼しなくて良いゼリー飲料を無理やり胃に流し込んで栄養を補っていた。
そんな生活を暫くしていると、食べられなくなっていることに気付いたのか、急に良輔は俺の食事を気に掛けてくるようになり、一緒に食べようと言ってご飯を作って家へ頻繁に届けに来るようになった。
二人で食べている時だけは、不思議と美味しく感じられる。
いつの間にか俺は、甘やかす立場から甘やかされる立場になっていた。
ーーー好き、好きなんだよ…っ
伸ばした手は空を掻き、飛び起きるとそこに良輔は居なかった。
当たり前だ、此処は転勤先のベッドの上なのだから。
水の中にいるような息苦しさに、ボロボロと涙が溢れ落ちる。
走馬灯のような夢を見てしまう程に、肉体も精神も悲鳴を上げていた。
「っは…たす、け…て…」
小刻みに震える自分の身体を抱くようにして絞り出した声は、誰にも届かず宙を舞った。
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