パズル。

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社会人になって4年、来月から海外へ転勤することが決まった。 会社の人達が言うように、出世するチャンスだとは思う。 とても悦ばしく光栄なことなのに、手放しで喜べない自分がいるのだ。 『こんな時間に電話してくるなんて珍しいな。どうしたの?』 『夜、ちょっと時間あるか?大事な話があるんだ』 『大丈夫。晩飯持っていくつもりだったし』 『そっか。じゃあ、また後で』 仕事を終え駅から自宅へと向かいながら電話を掛け、今晩の約束を取り付ける。 ちょうど10歳年の離れた彼は、俺の幼馴染みであり、密かに想いを寄せる相手でもあった。 でもきっと、この気持ちを伝える日は来ないだろう。 もう俺には良輔しか居ないから、自ら嫌われるようなことはしたくないのだ。 「飯持ってきたよ」 「ん、上がって」 「うん。それで、大事な話って何なの?」 「…後で話すよ。」 スーツから部屋着に着替え直した頃、インターフォンが鳴った。 急いで玄関に行きドアを開けると、料理が盛り付けられた皿を両手に持って立っていた良輔が緩んだ笑みを浮かべる。 それに釣られるように笑い返そうとしたところで電話の内容に触れられ、一気に口角が引き攣り咄嗟に話を先延ばしにしてしまった。 「美味い?」 「ああ。良輔の作った飯はいつだって美味しいよ」 「良かった。駿ちゃん俺が持ってきた飯しか食わないからさ、少しでも多く栄養が取れる物を食ってもらいたいんだよね」 「気を遣わせて悪いな。でも、それも今月までだから…」 食卓に向かい合って座り、トンっと小さく手を合わせた。 今日も手が込んでいるな、なんてことを思いながら小さく切られた肉を口に含むと、一人で食べているときには感じられない食材や調味料の味が広がる。 感想を聞くことでいつも、俺がきちんと飲み込んだのを確認しているのだ。 こんな風に心配を掛けていては、いつまでも良輔を縛ってしまう。 だから、離れるキッカケが出来て良かったのかもしれない。 そんな想いがふと頭を過り、ついさっきまで言い出せなかった台詞が口を衝いて出た。 「え、今月までってどういうことだよ…?」 「実は仕事が評価されて、来月から海外に転勤することになったんだ」 「…そっ、か。凄いな、おめでとう!」 「ん、ありがとう。頑張ってくる」 動揺しているのが声で分かったけれど、それを無視するように早口で話を進めていく。 顔を見たらみっともなく泣き出してしまいそうで、テーブルから視線を外すことが出来ない。 でもそんな俺とは違い、良輔はすぐに事実を受け入れ自分ことのように喜んでくれた。 「ちゃんと飯食えよ」 「…分かってる」 「一人で食えなさそうだったら電話してきなよ。そうしたら少しは一緒に居るような感じがするだろ?あ、でも時差とかあるか…」 「優しいな、良輔は。大丈夫だよ」 相槌を打ちながら、どっちが年上だか分からないなと思った。 どんどん頼もしくなっていく良輔に比べて、俺は何をしているのだろう。 いつまでも両親の死から立ち直れずに情けなく足踏みを繰り返すばかりで、一向に前へ進むことが出来ないでいる。 しっかりしないと、まるで呪文みたいに心の中で何度も唱えながらパッと顔を上げ、心細さや不安が悟られないようにふわりと笑ってみせた。 それからあっという間に1ヶ月が経ち、ついに生活し慣れた東京を離れる日となった。 今度またいつ逢えるか分からないから、と言ってわざわざ学校を休んで空港まで見送りに来てくれた良輔は、さっきからずっと浮かない顔をして俺の真横にピタリとくっついたまま口を噤んでいる。 荷物を預ける為の手続きを済ませながら掛ける言葉を探しているうちに、搭乗案内のアナウンスが流れた。 「これ、気に入ってもらえると良いんだけど」 「な、に…?」 「パーカー。よく着てたから、いつも飯作ってくれてたお礼にと思ってさ」 「…そういうの止めろよ、寂しくなるじゃんか」 ゲートの前に着きショップ袋を差し出すと、俯きっぱなしだった顔を少し上げ、不思議そうに首を傾げた。 いきなり渡されても困るよな、と思いながら小さく苦笑いを浮かべる。 何か分かれば喜んでくれるだろうと中身を説明すると、予想は盛大に外れ哀しげに唇を噛み締めてしまったのだ。 「…行か、ないで…」 「え…?」 「好き…好きなんだよ…っ行かないでくれよ…」 「…ありがとう。気持ちだけ受け取っておく」 ぎゅっと俺の服の裾を握り、泣きじゃくる姿が胸を抉る。 我ながら狡い返事だったと思う。 こうすれば、相手が何も言えなくなってしまうことを知っていた。 本当は今すぐにでも抱き締めて、好きだと言ってしまいたい。 だけどそうしなかったのは、長く離れている間に良輔の気持ちが変わってしまうのが怖かったからだ。 「いつになるか分からないけど、こっちに戻って来れることになったら連絡するから」 「…ん、分かった。絶対だからな。」 「うん、約束。あ、そろそろ行かないと。いってきます」 「…いってらっしゃい。あんまり無理すんなよ」 ぽんっと宥めるように頭に手を乗せてみても、嗚咽を漏らしながら涙を溢すばかりだった。 そんな良輔の手を取り、そっと小指と小指を絡ませる。 すると潤んだ瞳を此方に向け、諦めたように溜め息を吐いた。 まだ一緒に遊びたいと愚図る小さな彼に、こうやって明日の約束をしていたことを思い出したのだ。 でも今日のこれは昔のような軽いものではなく、互いに色々な想いを乗せた大切な約束。 再び搭乗案内のアナウンスが流れ、名残惜しい気持ちを必死に押し殺し笑って手を振った。
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