告白の代わりにありがとうを

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私は、ポカリと空いたその隙間に視線を落とす。 座布団を並べた畳敷の宴会場で、あって当たり前の隣の人との隙間。 それが、こんなに寂しいなんて…… けれど、そんなことを思ってはいられない。 烏龍茶が欲しいとか、ハイボールはないのかとか、いろんな注文が来る。 私は、新入社員の後藤くんと一緒に、それを店員さんへと伝える。 佐伯主任のところへお酌に行こうかな…… もう、これが最後だし。 私は、後藤くんに声をかける。 「後藤くん、ちょっと挨拶してくるから、お願いね」 「はい! 大丈夫です」 元気よく答えた後藤くんを残して、私は主賓席へと向かった。 「課長、お疲れ様です」 まず、課長にお釈をする。 酔いが回ってご機嫌な課長と話をしながら、今度は、係長にも。 そうして、最後に佐伯主任にビール瓶を差し出した。 「佐伯主任、本当にお世話になりました」 そう言って、佐伯主任のグラスにビールを注ぐ。 「こちらこそ。もう、藍川さんと会えないのかと思うと寂しいよ」 社交辞令だと分かっていても、そんな些細な言葉が嬉しくなる。 その一方で、転勤で離れたら終わりだと思ってることに悲しくもなる。 そう、ただの職場の先輩後輩という関係は、転勤で離れたら、もうそれっきり。 会議や打ち合わせで本社に来ない限り、もう会うことはない。 「私も寂しいです。ぜひ、本社に来た時は、寄ってくださいね」 私がそう言うと、佐伯主任は、私の髪をくしゃりと撫でた。 「当たり前だろ。藍川さんこそ、横浜支店にお使いに来たら、必ず俺んとこに寄れよ」 大きな温かい手。 私がその温もりに酔いしれ、返事を忘れていると、課長が口を挟んだ。 「佐伯! それこそ、セクハラだろ! 勝手にうちの大事な女子社員に手を触れるな」 課長の視線は、私の頭に置かれた佐伯さんの手に注がれている。 「えぇ!?」 佐伯主任は口を尖らせながら、手を下ろした。
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