告白の代わりにありがとうを

4/6
132人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
私は、ポカリと空いたその隙間に視線を落とす。 座布団を並べた畳敷の宴会場で、あって当たり前の隣の人との隙間。 それが、こんなに寂しいなんて…… けれど、そんなことを思ってはいられない。 烏龍茶が欲しいとか、ハイボールはないのかとか、いろんな注文が来る。 私は、新入社員の後藤くんと一緒に、それを店員さんへと伝える。 佐伯主任のところへお酌に行こうかな…… もう、これが最後だし。 私は、後藤くんに声をかける。 「後藤くん、ちょっと挨拶してくるから、お願いね」 「はい! 大丈夫です」 元気よく答えた後藤くんを残して、私は主賓席へと向かった。 「課長、お疲れ様です」 まず、課長にお釈をする。 酔いが回ってご機嫌な課長と話をしながら、今度は、係長にも。 そうして、最後に佐伯主任にビール瓶を差し出した。 「佐伯主任、本当にお世話になりました」 そう言って、佐伯主任のグラスにビールを注ぐ。 「こちらこそ。もう、藍川さんと会えないのかと思うと寂しいよ」 社交辞令だと分かっていても、そんな些細な言葉が嬉しくなる。 その一方で、転勤で離れたら終わりだと思ってることに悲しくもなる。 そう、ただの職場の先輩後輩という関係は、転勤で離れたら、もうそれっきり。 会議や打ち合わせで本社に来ない限り、もう会うことはない。 「私も寂しいです。ぜひ、本社に来た時は、寄ってくださいね」 私がそう言うと、佐伯主任は、私の髪をくしゃりと撫でた。 「当たり前だろ。藍川さんこそ、横浜支店にお使いに来たら、必ず俺んとこに寄れよ」 大きな温かい手。 私がその温もりに酔いしれ、返事を忘れていると、課長が口を挟んだ。 「佐伯! それこそ、セクハラだろ! 勝手にうちの大事な女子社員に手を触れるな」 課長の視線は、私の頭に置かれた佐伯さんの手に注がれている。 「えぇ!?」 佐伯主任は口を尖らせながら、手を下ろした。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!