ありがとうポイント

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ありがとうポイント

 不景気まっしぐらの日本。経済大国と呼ばれた頃の面影は、もはやどこにもない。豊かさを失ってしまってしまうと、国民性までもが貧しくなる。卑屈な人間も多くなるし、人間関係もギスギスする。金品を目的とした犯罪も増えるいっぽうだ。  そんな状況を打開するべく導入されたのが〝ありがとうポイント〟。  他人に何かをしてあげたとき、相手から感謝の「ありがとう」を言ってもらえれば、ポイントが貯まる。音声認識で「ありがとう」を自動的に感知するスマートフォンの機能により、それは爆発的に普及した。 「今日、地元の友達と飲みに行くって言ってなかったっけ? 資料の作成、まだ残ってるんだろ? 代わりにやっておくから、気がねなく行ってこいよ」 「おっ、悪いな! ありがとう」  同僚の村上は喜んでオフィスをあとにした。  その背中を見届け、僕はスマートフォンを取り出す。そして、ポイントの管理画面をチェック。村上からもらった「ありがとう」のポイントが加算されている。それを見てニンマリ。  制度が導入された当初は、道徳的に物議を(かも)した。「ありがとう」という感謝の気持ちをポイント化することに、非難の声も少なくなかった。が、そこは不景気の世の中。現金化できるポイントの魅力は凄まじく、次第に否定的な意見は立ち消え、人々はせっせとポイントを貯めはじめた。 「よっしゃ! 今月は『ありがとう』ポイントがめちゃくちゃ貯まってる! 亜美の欲しいものプレゼントするね」  高校の頃から付き合っている恋人の亜美。お互いが社会人になったタイミングですれ違いが多くなり、一時は別々の道を歩みかけた。だが、共有した時間の長さが再び二人を引き寄せ、こうして今も一緒にいる。むしろ今のほうが愛おしく思っているくらいだ。 「やったぁ! ずっと欲しいと思ってたバッグがあるんだよね。ありがとう!」  亜美は無邪気に喜んでいる。そして、彼女が僕に言った「ありがとう」が、またポイントとして加算される。管理画面を見てニンマリ。  今月はできるだけボランティア活動に参加してみた。どれくらいの「ありがとう」がもらえるのか。結果は、決して安くないブランドバッグを彼女にプレゼントできるくらいにポイントは貯まった。
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