夜の街にも朝は来る

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 夜の街にも朝は来るが、決して清々しいとはいえない。道路にはゴミが散乱し、土鳩が吐瀉物をつついているのがいつもの光景だ。  俺は午前6時には起き出して、ビルの前の道を皮切りに階段から店内、トイレを掃除するのが日課になっている。うちは闇金ってヤツで看板も出してないし、なにより客層がアレなんだが、いちおう店舗なんだから清潔感は大事だというのが社長のこだわりらしい。そのくせケチなので、清掃業者を頼むような金のかかることはしないで、従業員にやらせる。すると、アニキたちは結局いちばん下っ端の俺に押しつけるんだから、たまったもんじゃない。殴られるのは嫌だから仕方なく掃除はしている。たまには褒めてくれるから、ついいい気分になってしまう。  それにしても、毎晩毎晩よくもまあゴミを捨てるなあ。酒の缶とかコンビニおにぎりや菓子パンの袋、煙草の吸い殻がほとんどだけど、使用済みのコンドームがあったときは、ゲエッとなった。ここでヤッたのか?狭い道だけど丸見えだぞ?正直、ゲロの始末は慣れてしまっていて、コンドームのほうがよほど気持ちが悪い。  ……というのをこの前箱崎さんに愚痴ったら、童貞のひがみだと笑われた。悪いな、童貞で。坂本千尋19歳、まだ誰のものでもありません……古いな。  別にひがんでいるつもりはない。俺はちょっと潔癖症なのかな。ベロンベロンに酔ったホストクラブの客なんかを見ちゃってるから、女に幻滅してるのかもしれない。  こんな時間なのに、繁華街には意外に人がいる。朝まで遊んで、これから帰ろうとしている奴らがほとんどだ。だけどふらふらしながら騒いで、全然帰る気配がない。ホームレスの爺さんが、居酒屋の出すゴミを巡ってカラスと喧嘩してる。うずくまって寝てる男もいるじゃないか……以前、ゲロに顔突っ込んで倒れてる奴を見かけたな。ヤバいと思って匿名で119番したんだ。5分くらいで救急車が来たので、俺はビビって店内に逃げこんでしまった。すこしだけ窓を開けて見下ろすと、ゲロまみれの男がストレッチャーに乗せられていた。動いていなかったけど、あいつ今生きてるんだろうか?  酎ハイの缶をゴミ袋に押し込んで水を撒いていると、甲高い笑い声が聞こえてきて、俺は思わず顔を上げた。  ツイードのスーツに身を包んだ、ちょっと顔にたるみの出てきた女が、ほっそいヒールの靴で少しよろけながら歩いてきた。その女が腕を絡めているのは──麟斗(りんと)さんだ。
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