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 暗闇の中で、私は息を殺し、気配を消した。  コツ、コツ、コツ。ヒールがアスファルトを叩く音が近づいてくる。もうすぐだ。あと5秒。  3、2、1…… 「こんばんは! もっとキレイになりませんか?」  センサーで点いた街灯をスポットライトに、私は通行人の前に飛び出した。 「ぎゃっ!」  驚いた彼女が取り落としたスマホを地面すれすれでキャッチし、そっと差し出す。 「どうぞ」  薄く微笑んだだけでは、大きなマスクのせいでこちらの笑顔が伝わらない。私は両目を三日月のように細め、危害を与える気などないことを満面の笑みで示した。 「ど、どうも……」  スマホを受け取った彼女が、一緒に渡された紙の感触に気づいた。 「初回半額のサービス券です。私、そちらのエステサロンで働いている、建築(ケンチク)サナヲと申します。名前は建築ですが、エステティシャンです。ご予約の際にはぜひご指名くださいね!」 「……はぁ」 「では、夜道にお気をつけて。またお店でお会いできたら嬉しいです」  よし、名前のアピールと適度な押しの強さ、吊り橋効果もバッチリ!  私は内心でガッツポーズをして、静かに電柱の陰に戻った。しつこい勧誘は悪印象だ。  そこから控えめに手を振ると、彼女は微笑みを浮かべながら足早に去って行った。
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