感謝の未来

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 とある日、宇宙から地球へと飛来してきたのは筒型の黒い入れ物であった。手のひらに収まる小さいサイズで、中には袋詰めされた茶色い液体と丸い植物の種子が三粒ほど入っていた。  宇宙人からの贈り物ではないかと考えた政府は研究者たちにそれらの解析を依託した。  植物の種子は地球上に存在しない品種であった。分類上近しい物も見あたらず、育てる以外判別の付けようがなかった。危険な外来種である可能性もあるため、厳重な設備の中で育成は行われたがそれは取り越し苦労となる。  種はわずかな葉と地味な花を咲かせるだけ。香りもなく有毒な成分も無く、繁殖力も必ず10粒の種を残すという特性以外は並み程度の物だった。  同時期に同封されていた水の研究も始まる。水は少量であったため研究は困難を極めた。種の育成が終わる頃に出された結論は、地球外の要因がほぼ含まれていないごく普通の水である。という判断だった。  しかし研究はここでは終わらなかった。研究者たちの興味はそれらが入れられていた入れ物へと興味が移る。  入れ物はジャムのように蓋をねじり開ける形式で、材質は陶器のように滑らか。黒色で艶があり、高さも円の直径もおよそ5cmほどの大きさであった。そしてそれは地球上にない素材で出来ており、どんなに力をかけても傷つかず、完全な耐水性・耐熱性があり、あらゆる外的要因からも内容物が守れる性質を持っていたのだ。  人類はこの入れ物を50年かけて研究した。しかし科学が進歩しようとも、これと同じ物を作り出すことは出来なかった。  そのため政府はこの入れ物を有効活用すべく手段を考えた。 「私たちはようやく、この入れ物の有効活用方を考え出しました。これらは各国の政府、そして研究者からも同意を得たものとなります。」  会見会場でシャッターの音とフラッシュの光が鳴り響く。テレビ中継は全世界で行われ10を越える同時通訳が行われていた。 「私たちは残念ながら、この複製を作り出すことが出来ませんでした。」  舞台上でこれまでのいきさつ、そして苦労の説明が長々と続く。 「・・・そして、これらを有効活用する方法を考え出したのです。」  舞台上に巨大なスクリーンが現れ、そこには冷凍保存されたマンモスの姿が映し出された。 「これは地球上で発見された、凍結したマンモスです。これは我々に感動と夢を与え、そして生物学では時代を知る大きなきっかけとなってくれました。」  スクリーンではいつかの万博での映像が流れる。人々はマンモスの前で足を止め、興味津々の様子でそれを見つめていた。 「そして私たちは思いました『マンモスよ、歴史を、そして感動をありがとう』と。着想はまさにここから得ることが出来ました。」  次のスクリーンには人・犬・鶏、そして植物と透明なカプセルに入れられた液体が映し出された。 「私たちはこの入れ物を種の保存に、そして歴史の証明に使おうと考えました。それぞれ男女の人・犬・鶏クローンを作り出せるDNAをカプセルに詰めることにしたのです。」  驚きとざわめき、そしてシャッターの音と光が会場内で響きわたる。  一人の記者が挙手をする。 「なぜ、人・犬・鶏。なのでしょうか?」 「歴史の発展を語るのに欠かせない生物と考えたためです。そしてもしもそれらがクローンとして作られた時、人間らしい生活を送れる用にするために必要と判断したためです。」  スクリーン上で人間の姿が大きく映し出される。 「まずは我々人類。これを後生に伝えていく事を最優先に考えました。」  スクリーン上に映されていた人間の姿が消え、今度は犬の姿が映る。 「犬は我々人類の手助けをしてくれます。人への危険を知らせる番犬として、時には狩りを、そして我々の心をいやす友として多岐にわたる活躍をしてくれるでしょう。」  次にスクリーンが映したのは鶏と植物であった。 「鶏は食用として優秀です、繁殖力があり羽毛も取れる。それは人と犬の食糧問題を解決できます。そして植物の種子は繁殖力があり人間が食べるのはもちろん、鶏の食料としても使えます。限られたサイズで、最大限に人類を残せる組み合わせを考え抜きました。」  一時は静まり返った会場、しかし一つの拍手が始まると自然とそれは大きな拍手へと変わっていった。再びのシャッター音とフラッシュの光。そしてスクリーンは最後の写真を映し出す。 「これらを入れ、入れ物を再び宇宙へと打ち出します。この映像で映されているよう、長い年月を掛けて地球の外周を回るよう計算されています。そして計算上ではおよそ1万年後、この入れ物は再び地球へと戻ってくるのです。もし地球がその頃に無くなっていたとしても、必ずどこかの星へとたどり着くはずです。そこで私たち人類という生物が生きていたという事が証明がされることを願っています。」  会場内は最高潮へと達する。鳴り止まないシャッター音、フラッシュの光、拍手。それらを十分に堪能した後、舞台上の人物は最後の挨拶をする。 「我々が生きた証をここに。そして遠い未来、その時代に生きる生命体からの『ありがとう』言葉に期待してこの場を閉めさせていただきます。最後になりますがここに御来場の記者の方々、テレビクルー、そしてテレビや雑誌でこの会見を見てくれた方々。そしてこの入れ物を送ってくれた宇宙人、すべての方へ感謝の言葉を贈りたいと思います。『ありがとう』。」  挨拶を終えて誰もいなくなった舞台であったが、しばらく拍手は鳴り止まなかった。    ある研究室。そこには肉食獣から進化した大きな頭の知的生命体が複数居た。壁一面にはモニターと常に動き続ける計測機器、宙に浮いた複数のホログラムディスプレイを前に一人の生命体が四本の腕で素早く操作し続けている。 「休憩するかい?」   一人が暖かな飲み物が入った二つのカップを持って声をかけた。 「必要ないよ、これぐらい眠りながらでも出来るさ。でも飲み物はありがたくもらうけどね。」  操作していた腕のうち、一本の腕がコップを受け取る。 「へぇ、これがあの中身?」 「うん、なかなかよく考えたね。DNAを入れるなんてさ。」  別室の様子がモニターに映し出される。モニターにはそれぞれ大きな培養液に入れられた鶏・犬・人の姿が映された。 「同封されてた種は?」 「あれは毒にも薬にもならない、繁殖力すらそんなに強くない雑草だったよ。」 「へぇ。」  モニターには鶏が大きく映され、隣には鶏の内部構造までもがレントゲンのように映し出された。 「羽がある生き物。骨が薄いけど、身は多いな。そういう風に作られたって感じか?」 「そうみたい。食肉用って感じかな。」  受け取った飲み物はすでに飲み終え、空のコップを手持ちぶさたに回しながら答える。 「こっちは?」  もう一人が犬の培養液を指さす。 「こいつはね、たぶん・・」  画面には鶏と同じく犬とその内部構造が映し出された。 「牙はあるけどそこまで凶暴じゃなさそうだ、でも食肉用って感じじゃないな。筋肉や骨の作り方からすると足は早めで、毛もあって・・・。毛皮用?」 「それならもう少し表面積が大きくなるように作るんじゃないかな?これを送ってきた星によくいる生物だったとか、それか愛玩目的、ペットみたいに見て楽しむ物なのかもしれないよ。」 「そう言われれば可愛くも見えるね、ふさふさふかふかで撫でてても気持ちよさそうだ。俺らなんて毛すらないからな。」  そう笑いながら自身の鱗状の腕を軽く撫でた。 「さて、ここまでは簡単。ではこれは分かるかな?」  モニターには人間の入った培養液、そして内部構造が映し出された。 「んー?」  モニターを操作していた者を押し退けるようにして、もう一人がのぞき込んだ。 「先の二つに比べるとだいぶ大きいな、俺たち同じぐらいのサイズか。筋肉や骨は生活には問題なさそうだけど特出した性能もなさそうだ。毛は・・・頭部のみか。皮も薄く弱そうだ。脳も僕らの赤ん坊の半分もないぐらいだな。・・・なんだこれ?」 「ギブアップかい?」  未だにコップを回しながらニヤニヤと笑う姿は少々腹立たしかったが、考えても答えは出そうになかった。四本の腕をわざとらしく上げる。 「ギブアップ、降参さ。技術屋じゃ想像つかない。で、生態系専門の科学者さんの見解は?」  少し嫌みを混ぜてみたが相手には通じず。相手は自慢げにはなし始めた。 「これだけ見るとね、確かに分からなくなるんだ。どうしても特出した部分が見つからない。でもこれを前二つと比べてみると・・・」  モニターには人・犬・鶏の内部構造が映し出された写真だ表示される。 「どう?こう見ると君でも分かるんじゃない?」  のぞき込み、そして考える。 「あっ。分かった。体が大きいから臓器が大きいんだ。肺・胃・腸・心臓や脳もだ。」 「せいかーい。つまりこれは臓器用の食肉なんだ。最初の羽があるのが羽毛と食肉。次が愛玩目的や、まあ毛皮の意味合いもあるかな。そして最後が臓器用の食肉。つまりこれは衣食の生活用品みたいなものさ。生物構造自体は簡単だから、増やすのも楽々さ。」 「確かに言われてみれば旨そうだ。何なら愛玩目的のも筋肉好きには好評になるかもな。」  モニターは再び培養液に入れられた人・犬・鶏を並べて映す。食事を想像し、よだれを垂らした二人はこう言うのだった。 『どの星かは分からないが、こんなすてきな食料をくれるなんて。ありがとう。』
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