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学生の頃、俺はいじめられていた。引きこもりがちになった俺の唯一の慰めは本だった。いつしか自分でも物語を書くようになり、20歳を期にとある賞に応募した。それが大賞をとったことがきっかけで、俺は小説家になる決心をした。しかしその道はそう甘くはなかった。定期的に新作を上梓するのだが、それは殆ど売れず話題にもならなかった。40を越えたところで担当編集者から次が最後のチャンスだと告げられた。だから俺はそれまで以上に奮闘した。題材に選んだのは自分自身の生き様だった。いじめられ、引きこもっていた俺が小説家となり、何度も失敗を繰り返しつつも担当編集者と共にベストセラー作家を目指す物語だ。俺のような弱者を讃える気持ちも込められていた。
だが、3年かけて完成させた自伝的小説はまたしても失敗に終わった。出版社の営業努力で店頭に並びはしたものの、それは返品の山となった。編集部に呼び出され、それを目の当たりにした俺は、人生そのものを否定されたような気持ちになった。だから突発的にビルの屋上から……。
「飛び降りたのか」
話を聞いていた男がぼそりと呟いた。
「なんだか湿っぽい話になったな」
自嘲気味に言うと、男はなんのなんのと笑顔を見せる。
「先は長いんだ。どんな話だってありがたいもんだよ」
確かに。いつ終わるかもわからないこの列に並ぶ身としては、どんな話だって暇つぶしにはなるだろう。
「ところで兄さん、私が教えたこの話……」
男は額の数字を指差しながら、
「これ、兄さんの役に立つ話だっただろ?」
まあ、それを知ったからと言って今さら俺がどうこうできるものでもないが、心構えができるという意味では役に立っただろう。
「そうだな」
「だったらさ、ちょっとお礼を言ってみてくれないかな?ありがとうって」
ポイントを増やしたいのか。今さら一つ増えたからと言ってなんの意味がある。と思いつつもありがとうと言ってやる。すると男の額の数字が18563になった。
「お」
「増えた?」
「ああ」
待てよ。今でもこのポイントが増えるのなら、俺だって……。
「じゃあ俺にも言ってくれないか。ありがとうって。向こうに着くまで何回でもいいからさ」
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