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細長い部屋に、二列のテーブル。壁にはいくつかの絵画と卓上には豪華な料理。その晩餐会の隅っこにアイカとアリスは座った。
アイカが戻ってきたことにもアリスが加わったことにも誰も気を留めない。とにかく酒を飲んで騒いでいる。
アリスが眉を不快そうに曲げた。
「この人たち、全員お父様の子どもなんですか?」
「そう言ってるわね、本人たちは」
「…………」
「ソフトウェア、コンピュータアーキテクチャ、人工知能……数多の情報工学で前人未踏の境地に到達し、世界を三世代前に進めたと言われているケン・アサクラの子どもたち、らしいわよ」
「そんなはず……」アリスはその子どもたちから視線を外した。「アイカさんはいつからこのお屋敷に?」
「生まれたときから」
「わたしも生まれたときはここにいました。すぐに家を出ちゃいましたけど」
「私のほうが年上なのにそれを知らないって変じゃない?」
「でも事実ですから」
「母さんは生涯ひとりの子どもしか産まなかった。絶対にね」
「わたしはうそついていませんよ」
給仕がアリスに食事を運んできた。
アリスが見たことのない厚さのラム肉に、具だくさんのシチュー、ふわふわのパン。そのほかにも食べきれない量の料理。
「……すごいですね」
「味は保証するわよ。お金をかけまくってるからね。遠慮なく召し上がって。あなたは自称この家の子どもなんだし」
アリスは見上げてアイカを睨む。
「自称じゃありません」
「みんなそう言うのよね」
三十人近くが我が物顔で美食を貪っているその楽しげな様子はとても親が死ぬ間際の子どもたちとは思えない。
「居心地最悪ですね、ここ」
「そこについては気が合うわね」アイカはアリスのパンをひとつとってかじる。「でもあなたはこのうるさい人たちに感謝しなさい。私がずっとこの部屋にいたら今頃玄関の外で雪だるまだったんだから。ほら、少しは食べたらどう?」
「いいです……ごちそうさまでした。それよりアイカさん、早くお父様に会いたい。部屋に案内してくれませんか?」
アイカは小さくまぶたを震わせた。
「父さんは夕方から朝まで寝てる生活なの」
「……昔は朝方まで起きていたのに。お父様も歳には勝てないってことですね」
微笑むアリス。
「そのうそは不快だわ」
「ねえ、アイカさん。ここは少し騒々しい。どこか静かなところでお話できませんか」
アイカはその申し出にアリスの目をじっと見てから、
「……わかったわ」
と言った。
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