残花

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 彼の手紙には諦念が滲んでいた。  私は月明かりだけを頼りに、もう幾度となく読んだ手紙をもう一度反芻した。だが、何度目を通そうとも、彼がこの場所からいなくなった理由も帰郷していないわけも私には察してやることが出来そうになかった。  紙上に陰を落とす柿の木を見上げ、私は月光によって更に黄白色に輝く硬質な花を見た。今年も枝先に幾つもの花をつけており、秋に近づくに伴い実を成らすのだろう。  だが対照的に、一緒に残されていた柿の花は、すでに茶色く萎んでしまっている。どうしてこんな物を添えたのか――種や柿の実の方がまだ、思いつきそうなものである。  しかし彼は、あえて花を同封しているようであった。加えてこの木から取ったのは明白だ。何故ならば彼が失踪し、同時にこの手紙を残したのが、ちょうどこの時期であった。目の前の花と寸分違わぬ花形であったことも、私の確信に結びつけていた。 「先生、こんな所にいらしたのですか」  背後から聞こえる呆れた声音に、私は背後を振り返る。編集者兼、私の世話をしてくれている男の姿がそこにあった。 「書きかけの原稿だけ部屋に残してらしたので、てっきり逃亡したのかと思いましたよ」 「失敬な。私が今までに、そんなことをしたことがあったか?」  私がむっとした顔をすると、男は「ないですけど、絶対ないとは言い切れないじゃないですか」と言い訳がましく述べた。 「五月とはいえ、まだ夜は冷えますよ。こんな所で何をなさっているのですか」  訝しげな顔で下駄を引っかけ、私の傍に近づく。それから私の手元にある手紙に視線を落とし、表情を暗くした。
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