いつかこの気持ちが伝わりますように

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 僕が産まれて初めてのバレンタインチョコを貰い、それにいたく感銘を受けても、地球は変わらず回り続ける。時間が経てば夜が来て、朝が来て、僕は学校に行く。 「おはよう敦史くん」 「あ……」  まずい、反応がワンテンポ遅れた。すっかり忘れていた。こんな僕にも、挨拶をしてくれる人がこの教室にいたことを。 「おっ…、おは、よう」  しまざきくん……と小声で付け加えたのだが、それは彼に届いたかどうかわからない。そんな、100点満点中30点くらいの「おはよう」にも、島崎くんは100点の笑顔で返してくれる。 「うん、おはよう。今日は、英語の単語テストがあるよね。対策できた?」  相手が困らないように次の話題を振ってくれるところとか、本当に尊敬している。優しい、というのはもちろんとして、純粋にコミュニケーション能力が高いんだろう。 「あっ……えっと、ちょっとは、家でやってきた……けど、満点は取れないかも、くらい? かな」  単語テストは一夜漬けで合格点は取れても、コミュニケーションスキルは一朝一夕では身につかない。苦手なことというのは、どんどん腰が重くなって、時間が経てば経つほど周りの人たちと差が開いていくものだ。それを踏まえると、僕のコミュ力は一生合格点に達しないんじゃないかと絶望的な心地になる。  けれど、島崎くんのように優しくしてくれる人もたまにいるから、受け入れるしかないよなと思っている。  さらに、ごく稀に、バレンタインにチョコレートをくれる子も現れるのだし。 「ねぇーちょっと聞いてるー?」  誰かの声が耳に入ってきてはっと我に返った。そういえば、今は島崎くんと話していた最中だったじゃないか。しかし、僕が向いていたほうに彼の姿はなく、ちょうど反対側の自分の席にすでに座っている。  そして、島崎くんの隣にある僕の席は、先ほどの声の主に占領されていた。  退()いて、なんて言えない。僕はそのまま固まってしまう。 「歩美、そこ淳史くんの席だからね。座れなくて困ってるんじゃない?」  それに気づいた島崎くんが、僕の席に座っている女の子に声をかけた。 「あ……えっと……」  どうしたらいいのかわからなくてしどろもどろになっていると、歩美と呼ばれた女の子が振り返ってこっちを向いた。  彼女はまじまじと僕を見る。その目は真っ黒で澄んでいて、無邪気さと残酷さが同居しているような気がした。幼い子が向ける遠慮のない視線みたいな。僕に対するネガティブな感情が隠すことなく表れているようで、すごく怖かった。 「ちょっと。淳史くんのことじろじろ見るのやめなよ」 「あ、いや、全然大丈夫。僕、用事思い出したから、教室出るね。えっと、だから、この席使ってもらって構わないから。うん、じゃあね」  そう言ってリュックから本を取り出した。僕が席を取り返すつもりがないとわかると、歩美、さんはふいっと踵を返して島崎くんのほうに向きなおってしまった。勝手に他人の席を使い始めたくせに、なんて失礼なんだとはもちろん少しは思った。けど、そんなこと面と向かって言える訳もなく、黙ってここから去るしかなかった。  島崎くんが何か言っているのは、聞こえないふりをした。
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