8人が本棚に入れています
本棚に追加
引っ越してきて一年が経たとうとしている1LDKのマンションは、築浅で条件はよかったものの駅から遠すぎることが欠点だった。
その距離はというと、最寄りから歩いて十七分だ。そのせいで、どうしてこんな物件を選んでしまったのだろうなどと考えることもしばしばだった。別に駅前にいい部屋がなかったわけじゃない。この街でなければならなかった理由もない。ではどうして、と考えると、駅から自宅までの距離が離れれば離れるほどに、煩わしい人間関係からも離れられるような気がして安心できたからなのかもしれない。
駅前の喧騒から抜けた辺りで時計を見ると、二十三時を過ぎていた。
いつもは定時で帰れるのに、今日はもうこんな時間でうんざりしていた。これで週のはじまりなのだから嫌になる。おまけに、先ほどからどこからか耳障りな音がしていて、それが余計に俺の心を毛羽立たせていた。
コツ、コツ、コツ。
夜の静寂を引き裂くような、甲高いヒールの音。
あの音が、どうも苦手だった。女性というものは、どうしてあんな靴を履くのだろう。
歩くとすぐにつま先が痛くなるというし、壊れやすく、かかとのゴムはあっという間にすり減る。そして何よりも、音がうるさい。まるで、今自分がここにいるということを誰かに気づいてもらいたくて、必死にアピールしているかのような。
あと少しで家だからと、自分を律して歩く。
しかしふと、その足音が背後から近づいてくる気配がして、思わず振り向いてしまった。
「やぁやぁ、セノくん。こんばんはぁ」
そこに立っていたのは、同僚のカガヤだった。
俺はぽかんとしてその顔を見つめた。そんな俺を気にせず、彼女はひょこひょことこちらへ向かって走ってくる。顔が真っ赤だった。ほんの二時間の飲み会だったというのに、こいつはいったいビールを何杯飲んだのだろう。
カガヤは、先ほどまで行われていた開発本部の決起集会——及び、年に一度の〝年度明け無礼講大宴会〟の参加者の一人だった。
最初のコメントを投稿しよう!