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俺と同じプログラマーだった彼女は、俺より仕事ができる人だった。
上司から推薦され、昇進試験に臨み、あっさりと合格した。そしてあの言葉。そこに深い意味なんかなかった。強いて言うなら、彼女は俺に自分のがんばりを褒めてもらいたかったのだと思う。でもその瞬間、俺の中に生まれた〝彼女と別れる未来〟は、時が経つごとに鮮明になっていった。
ちっぽけな、プライドだったと思う。
自分のパートナーが、自分より高みに行くことを喜べない。彼女やカガヤが、俺を追い越して手が届かないくらい先へと進んでいくのが許せない。
女性というものは、自分より弱い存在なのだと思っていた。
いや、そう思いたかっただけだ。そうしないと、自分という存在が意味のないものになってしまう気がしたから。
俺はいつだって、彼女たちが怖くてたまらなかった。
——本当に弱いのは、彼女たちと正面から向き合うことから逃げていた、俺だった。
「悪、かった」
自然と言葉が出た。
カガヤは腰を曲げて、吹き出すよう笑う。
「なになにー、らしくないな。急にかわいくなっちゃって」
「……これから、彼女の家に行ってくる。ちゃんと話して、おま……、……カガヤの、怪我のことも聞いてくるから」
そう言うと、カガヤは一転して、穏やかに微笑んだ。
それもまた、彼女のはじめて見る表情だった。
「……セノくん、近々私に会いにくると思ってたんだ。一緒に仕事してて思ったんだけどさ、セノくん、なんだかんだいって優しいんだもんね」
あの夜、カガヤが大声で俺に告白をしたのは、裸足のまま物陰に隠れていた彼女へ声を届けるためだったのだろう。
彼女の気持ちの矛先を、自分へ向けさせるために。来月から一緒に仕事をする仲間を、トラブルから守るために。
カガヤは本当に、まっすぐで、行動派で、世話焼きで。
……だから、彼女に守られる必要がないように、俺も前に進まなきゃならない。
カガヤのマンションは駅からすぐだった。
玄関を開けてもらい、荷物を置いてすぐに外へ出た。六階からの眺めはなかなかのもので、悔しいけれど、少し気分が晴れるようだった。
廊下を歩き出したところで、セノくん、と後ろから呼び止められた。
「忘れ物」
「え?」
「告白の、返事」
思わずぽかんとしていると、彼女は上目遣いをして笑った。
「しょうがないなー。じゃ、返事は私がまた出社した時に、ね」
そう言ってパタンとドアを閉める。
ついしばらく、その場に固まってしまった。
「……あれ、嘘じゃなかったのかよ」
何故か顔が熱くなっていく。
自分を戒めるように両頬を叩くと、俺はエレベーターホールへと歩き出した。
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