8人が本棚に入れています
本棚に追加
*
「うわ、なんでいんの」
松葉杖をつくカガヤの前に現れると、開口一番にそう言われた。
驚くのも無理はない。平日の水曜昼間、スーパーの惣菜売り場で買い物をしていたら突然息を切らした同僚が現れたのだから。
今日有給を取っていた俺は、一日珈琲ショップでの中で張り込み、カガヤが現れるのを待っていた。そして駅前の大通りに歩く彼女の姿を見つけて、走って追いかけてきたのだった。
数日前、カガヤを探して〝パークアベニュー四〇一〟には訪れてみたものの、表札にあったのは田邊という見知らぬ苗字だった。
「……お前、会社帰りにこのスーパーに入ってくの、前に見たことがあったから。また現れるかと思って……」
ゼイゼイと肩を上下させている俺を、カガヤは呆れたように見つめている。
「お前じゃなくて、〝加賀屋〟ね。まぁいいや、これうちまで運んでよ」
カガヤはここぞとばかりに食料を買い込むと、ビニール袋二つ分の荷物を俺に押し付けた。そして、さっさと自分の家への道を歩き出す。
カガヤは一人暮らしだと聞いたことがあるけれど、家へ男を招くことに抵抗がないようだった。
そして、それを気にしない俺も俺だ。ただ、俺にも多少の良心というものはあるので、足の悪い人間の荷物くらいは運ぶ。そう無理やり理由をつけて、駅前のロータリーを抜けていくカガヤについていった。
そしてその時、気づいた。
南口だ。俺の住むマンションとは逆方向。
やっぱり嘘だったのかよ。
そう独りごちると、カガヤは笑った。
「私の家、南町五の一の八、グランド・ソレーユ六〇一。近いんだから、遊びにきてよね」
「……いや、結構」
おどけているカガヤの笑い声は、ふと、真面目なトーンに切り替わった。
「で、何? 仕事はちゃんとリモートでできてると思うけど、わざわざお見舞いに来てくれたの? それとも、この前の告白の返事でもしに?」
不意に、俺が口籠もっている理由をずばりと聞いてくる。
そういう察しのいいところが憎らしい。
少しだけ間を置いてから、俺は重い口を開いた。
「……あのさ。それ……誰に、やられた?」
最初のコメントを投稿しよう!