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スマホを壊した日の夜。
働き先から帰ってきた母が、いつものように晩ご飯を作った。
さつま芋の甘露煮。
幼い頃、これが大好きと言ったのを思い出した。
人参が細かく切り刻まれたきんぴらごぼう。
幼い頃、人参が嫌いだった自分になんとか食べてもらおうと試行錯誤した結果だといつか母が言っていた。
茄子と油揚げと小松菜の味噌汁。
茄子もかつて嫌いだった。ごま油で揚げた茄子を汁物に入れて食べるのは、なぜか大丈夫だったので、定番となった。
やや焦げ目がつくくらいにカリカリに揚げた唐揚げ。中身はにんにく醤油の旨みが染み出して、柔らかくジューシーに揚がっている。
昔からの好物だった。油物は手のかかる料理のはずなのに、俺が食べたいと言った日には嫌な顔せずに必ず作ってくれた。
眼前に揃った料理を、ひとつひとつ丹念に口に運ぶ。味わう。
どれもこれも、いつも食べている味なのに、不思議とホッと安心した時のようなあたたかみが、からだ全体に染み渡っていく。
俺は、残らず平らげて、流し台に立つ母のところに皿を置き、おずおずと話しかけた。
「……今日、俺が洗うよ」
母は、面食らったように目をまん丸くしたが、にっこりと笑って、「ありがとう、助かるわ」と言った。
エプロンを取り外す母を見下ろす。
こんなに体が小さかっただろうかと思った。
こんなに顔に皺が多かっただろうかと思った。
こんなに髪に白髪が多かっただろうかと思った。
「いつもありがとう」
ぼそぼそとした声だったが、いつの間にかそんな言葉が俺の口をついて出ていた。母は、目を細めて柔和に笑った。
「気にしなくていーの。でも、どういたしまして」
そう言って母は、ぱたぱたとトイレ掃除に赴いていった。
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