黒い感情

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黒い感情

 和実はある日急によそよそしくなった。僕が知らないうちに何かしてしまったのだろうかと思ったが、避け方があからさますぎてまるで子供のようだと思った。部室ですれ違っても曖昧に会釈をするだけで会話もしなくなってから何日かした時、勇気を出して、新しい桃太郎電鉄を買ったから今日家に泊まりに来ないかと誘ってみた。和実はその瞬間わかりやすく表情を曇らせ、100人に聞いたら100人が「気まずそうな顔」と形容するような顔をしたけれど、偶然通りかかった絹ちゃんが「桃鉄私も好き!羨ましいな、今度私にも貸して」と声をかけてきたので、その流れで和実は僕の誘いにOKをしてくれた。  和実が家に来て、僕は気まずい空気を避けるためにまるで何も無かったかのように接するよう心掛けたけれど、しばらくすると予想に反して和実の方から今までの態度を謝ってきた。 「今まで習に変な態度取っててごめん」 「え、何の話?変な態度ってどういうこと?」 僕は、わかっているのにわからないふりをした。和実の態度に一喜一憂するような自分を見せるのは恥ずかしい事だと思ったし、その方が優位に立てるような気がしたからだった。だけど和実は構わず話を続けて、今まで僕をあえて避けていたことを正直に話してくれた。そしてそれは僕自身のせいではなく、和実の気持ちの問題だという事も、馬鹿正直に全部話した。まるで少年漫画の主人公のように和実は素直で真っ直ぐで、駆け引きなんて必要無い。僕はさっき、知らないふりをしてしまったことを恥じた。 「僕のせいじゃないなら、何が原因だったの?」 そう尋ねると、和実は訥々と、短い糸を繋ぎ合わせて長い一本にしていくように、時間をかけて自分の言葉を紡いでいった。結局、和実は絹ちゃんのことがずっと好きだったが、その絹ちゃんは僕の事が好きだ、と最近耳にして、今までのように接する事が出来なくなってしまった、という事だった。僕は和実が絹ちゃんを好きだなんて全く気付かなかったし、絹ちゃんが僕を好きだなんてもっと気付かなかった。今までも女の子からの好意に気付かずに傷付けてしまった事は何回かあった。だけどそれより、和実とはあんなに長い時間一緒にいたのに、そんな事にすら気付かなかった自分自身に最も驚いた。和実の事を言えないくらい、自分も子供のままだったのだ。  和実は「嫉妬」というわかりやすい単語を使わず、僕に対する「黒い感情」が生まれてしまったと表現した。 「習は変わらず俺に優しくしてくれるけど、俺の中で習に対する黒い感情がすぐに消える事は無いと思う。それが苦しい。だから、今日もゲームはやらずにこれで帰る」 「その気持ちはいつか消えるのかな」 「今はまだわからないけど、やっぱり今まで通り泊まりに来たりは無理だ」 「僕が何か変わってもダメなの?」 「俺の中の問題だから、習がどうこうできる話じゃないんだ、ごめん」 「でもそんなの、寂しい」 「サークルでは普通に会話はするし、寂しいって言っても、友達はなにも俺だけじゃないだろ。だから、ごめん」 そう言って玄関へ向かって行く和実を見て、胸が破れそうになった。もしかして本当に、もう今まで通りの関係には戻れなくなるかもしれないという感覚が、確かな実感を持って心を過り、背筋が凍る思いがした。
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