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この光景をいつか思い出す日が来る
その後のことは自分でも良く覚えていないけれど、結果として和実は僕を受け入れてくれた。少なくとも表面上はいつも通り会話してくれたし、サークルで会ってもいつも通りだった。心の底でどう思っているかはわからなかったし、憐んだのかもしれないが、そんなことよりもそれでも拒絶せずにそばに居てくれる事が嬉しかった。全てを曝け出した今、もうこれ以上傷付くことは無いのだ。そのうちまた泊まりに来てくれるようになったし、僕の方も、二人でいる時は今まで以上に好きという気持ちをオープンに表現するようになった。僕は、和実に対してどれだけ優しくしてあげたいかを伝えた。そして、恐る恐る手を握り、抱き締めた時、和実は照れ臭そうな顔をしたけど拒否はしなかった。そうしてそのままじっとしている時、甘い甘い透明な球体の中に二人で閉じ込められているような、最高に窮屈な幸せで胸が満ちていった。
それから僕らはゆっくりと階段を登っていき、軽い口づけを交わし、和実の素肌に触れていった。始めのうちは僕が一方的に和実に触れるだけだったが、和実からも恐る恐る僕に触れてくれた夜の事は今も昨日の事のように思い出せる。和実が触れた部分が軽い火で炙られたようにカッと熱くなった。そうして二人の間の距離がゼロになった日、お互いの体温に沈み込み、二人ともそのまま朝まで眠り込んでしまった。目覚めた瞬間、微睡の中で、これ以上のことなんてこの世にはもう無いと、確かに思った。
寒さが厳しい季節に、熱い風呂に入ろうと思い立って二人で銭湯に行った帰り道、近所のライフに寄り道をしてみかんを段ボールで買って帰った。馬鹿みたいに重くて二人で10歩ずつ交代しながら家まで運んだ。アスファルトに置いた段ボールと、悴んだ手を必死にさすっている和実の後ろ姿を、気付かれないように写真に撮った。
「完全に湯冷めした。風呂入った意味ねえじゃん」
悪態をつく和実のいる真っ暗な道の先には、24時間開いている郵便局の基地局の灯りが眩しかった。僕はその時、この光景をいつか思い出す日が来るんだろうな、と思った。それは確信に近かった。その時の自分がどんな状況なのか想像はできなかったけれど、何故か悲しくてたまらなくなって、鼻の奥がツンとした。
それから僕の就職と和実の進学が決まっても、二人の日々は変わらず続いていった。けれど、どんなに考えないようにしても、ふとした瞬間僕の欲張りが顔を出し、日常を揺るがそうとする時があった。人の欲にはキリが無いし、どんな幸せでも、慣れてしまえばすぐに綻び始める。
僕は不安だった。二人が付き合っているのかどうかなんて、言葉に出して確認はしていなかったしする必要も無いと思っていたけれど、そうでは無いかもしれない。はっきりする事を求められない緩い関係だからこそ、和実はそばに居てくれるだけなのかもしれない。和実はどうして僕といてくれるんだろう。それを考え始めると悪い方向にばかり思考が向かう。単に、大学に通いやすい距離に家があって、タダで泊めてもらえるから?僕は和実に嫌わるのを恐れているから、必然的に和実が優位に立てる関係性が心地良いから?社会人になってからは、外食代もほとんど僕が出すようになったから?そんな細かすぎることまで考えてしまう。それとも、絹ちゃんが好きだった僕を手懐ける事で、振り向いてもらえなかった絹ちゃんに対する優越感に浸れるから?和実は、本当は僕が思っているような、真っ直ぐで純粋な人間じゃなくて、楽な方に流れるズルい男なのかもしれない。
だけど、だとしたらズルいのは僕も一緒だった。関係をはっきりさせないのは、はっきりさせたら和実が去っていってしまうかもしれないからではないか。社会人になっても会社の近くに引っ越しをしなかったのは、引っ越したら和実が来てくれなくなるかもしれないからではなかったか?和実が心のどこかで僕を憐れんで一緒にいてくれているのだとしたら、その優しさにとことん付け込んで、甘えて、気を遣わせて、傷付けられないようにして、和実の逃げ場を無くしているのは、紛れもない僕自身なのだ。
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