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怒れる男坂本龍馬
男は怒っていた。
京都の町を獣のような表情で大股で歩き、やがてその歩みは早足になり、近衛町の辺りでは男は走り出していた。
慶応二年。
この頃の成人男性はあまり走ることをしなかったらしい、が、男は感情を剥き出しに走った。
京都近衛町には小松帯刀邸があり、そこに歴史的会談のためこの頃木戸孝允と変名していた桂小五郎が身を潜めている。
男は街道を蹴り走ってきたその勢いのまま、小松邸の門前で「入る!」と一言だけ叫ぶと、邸内へ上がり込み、土間で対応に現れた使用人の小僧に吠えた。
「桂さんはおるがか!」
男は土佐弁で言うと、使用人の制止も聞かずに土足のまま邸内に上がり込んだ。
「旦那!困ります!どちら様で!」
小松邸の見張り役等数人も加わり、男を止めようとするが、男は怒髪天に達している為か、聞く耳を持たない。
「勝手に上がられては困りもす!お名前は」
男はそこでほんの少しだけ我に返ったのか、獣のような顔を周囲に向けた。
「亀山社中の坂本じゃ!桂さんはどこの部屋におるがか」
「坂本様、まずは下足なさって下さりませぬか」
薩摩藩士の見張り役が男の妙な「靴」をみていった。
「おぉそうじゃった」
そこで初めて気づいたかのように、坂本と名乗る男はその時代には異形の履き物「ブーツ」を廊下で脱ぎ下男に渡すと、邸内の一室に案内された。
襖を勢いよく開けると、和室を洋風に設えたような部屋で木戸孝允が項垂れて絨毯の上に正座している。
「桂さん!」
坂本は気が立っている為、この直前に改名した木戸などと呼ばず、桂小五郎として話す。
「坂本君か・・・皆が奔走し、会談の場を準備してくれたにもかかわらず、申し訳ない・・・僕は数日中に京を去ろうと思う」
「何故そうなる!桂さん!いったい何があったがか」
坂本が詰め寄ると、木戸はボソリボソリと事の顛末を語り始めた。
この日から遡ること十日ほど前、木戸を筆頭とした長州代表団は夜の闇に隠れ、密かに小松帯刀邸に入った。
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