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「じゃあまた今度、どこか行こうか。どこがいい?」
一瞬キョトンと目を瞬かせた後、桂司郎が言う。何でもないことのように、甘さを過分に含んだあの笑顔で。
「え、ちょっと、絢斗?どうしたの、大丈夫?」
心配そうな声に、やっと自分の頬を伝う暖かな雫に気付いた。優しくぬぐってくれる桂司郎にますます涙が溢れ出る。
「幸せだなあって」
言葉にしてより実感した。
「俺、桂司郎が大好きだって……桂司郎に出会えて、本当に、嬉しいなって、そう思ったら、なんか、勝手に……」
黙って抱きしめられる。ポン、ポンとリズムよく背中を叩きながら桂司郎が言う。
「本当に君は可愛い人だな……。そんなこと言ったら、僕なんか毎日絢斗のことが好きだなって思ってるんだから、ずっと泣いてなくちゃいけなくなるよ」
泣きすぎて不細工になっても好きでいてくれる?そんな風に冗談まじりで笑いかけてくるから、いよいよ涙が止まらなくなる。
「俺から嫌いになることなんか、あるわけない……」
「じゃあ、死ぬまでずっと一緒に居られるんだね」
ああ、本当にやめてほしい。そんな風に笑うなって何度も言ってるのに。貴方がそんな風に見るから、いつも俺は永遠を夢見てしまうんだ。
「……なにそれ、プロポーズみたいだ」
「そのつもりだよ。そうだな、二人で海外にでも行ってしまおうか。仕事なんか放っておいて、二人きりでのんびり暮らすんだ」
そんなこと。出来ないと分かっているのに頷いてしまいたくなる。
「ああ、泣かないで、絢斗。目が腫れてしまうよ。……それは冗談としても、いつか必ず海外に行こう。君が一生僕のものだという証が欲しい」
これも、今度は本物を買おう。絢斗の左手を優しく撫でながら桂司郎が言う。もう、絢斗には涙の止め方がさっぱりわからなかった。この分では桂司郎が言ったとおり、明日の朝は酷い顔になっているに違いない。
うん、うん、と止まる気配のない雫もそのままに絢斗はひたすら頷く。
「俺は、とっくに桂司郎のもの、だから……むしろ、俺に、桂司郎をくださいって、頼むべきだと思う……」
「……本当に可愛いな。僕だって、とっくの昔から君のものだよ。」
もう一度、ゆっくりと労わるように抱き寄せられ、絢斗はただ黙って桂司郎の鼓動を聞いていた。
久しぶりに穏やかな夜だ。しんと静まり返った空気の中で、桂司郎の胸の音だけが鼓膜を揺らす。目を瞑ると眠気はすぐにやってきた。
「おやすみ、絢斗」
唇に触れた何かを認識する前に、絢斗はもう夢の中にいた。
Fin.
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