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「今度、どこか行こうか」
久しぶりに穏やかな夜だった。ここ数日はずっと雨で、ただでさえ繁忙期を迎えて疲れ切っている絢斗をより憂鬱な気分にさせていた。
窓際に置かれた二人掛けのソファーのど真ん中を陣取る。片手に持った缶ビールを勢いよく呷りながら絢斗は考えた。
疲れたな。
それしか思い浮かばないくらい。ただただひどく疲れていた。窓から暗い夜空をぼんやりと見上げる。きっと、朝が明けたらすっきりと晴れ渡った青空が見られるだろう。明日は久しく存在を忘れていた休みだ。今回の休日こそは、桂司郎と二人でどこかへ出掛けるつもりでいた。それだけを楽しみに今回の忙しさもなんとか乗り切ったのだ。
だけど、どうにも明日は外へ出られる気がしなかった。せっかくの休日を無駄にするのはいただけないが、今の絢斗が求めているのは、満足いくまでの睡眠なのだ。そして、それはきっと、明日いっぱいかかるに違いなかった。
ああ、今回もデートはお預けか。
桂司郎と最後に出掛けたのは果たしていつだったか。もう随分と前のことのように思われた。
出会って5年。付き合い始めて4年。初めて彼と会ったのは、珍しく定時上がりだった日、偶然立ち寄ったカフェだった。
桂司郎はカフェを経営している。女性客でにぎわいそうな華やかさはなかったが、こじんまりとして落ち着いた雰囲気の店構えだった。
その日も今日と同じように絢斗は心身ともに疲れ切っていた。一本道を間違えて入ってしまい、ため息をつきたい気持ちを抑えながら顔をあげると、目の前に、いかにも居心地のよさそうな自分好みのカフェがあったのだ。
絢斗は今でもまるで魔法のようだったと思う。もしくは奇跡か。今にも倒れそうに歩いていた砂漠の中で突然にオアシスが現れるのだ。とにかく、そういった運命的なものに導かれるように、絢斗は店のドアを開いた。
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