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椿は東北にある貧しい農村の生まれだ。村全体が常に飢えていて、だから女の子が生まれると喜ばれた。女は売れる。その金で、家族は一冬分の貯えができる。
椿は価値ある子、意味ある娘だと父や兄から大事にされた。村一番の器量よしだから高い金になる、お前は孝行者だと褒めそやされ育った。
例外は母だけだ。いつもじっとりと粘着くような目で椿を見ていた。
村で大人の女に価値はない。売れ時を逃した余り物。跡継ぎと女を産むためだけに生かされ、蔑まれる。
母は口数少なく、いつも周りに怯えているような女だった。その母が、いざ椿が女衒に売りに出されるとき、言ったのだ。
「ありがとう」
ワケがわからなかった。
売られ損ない、金の成り損ない、その母がなぜ椿に礼を言うのか。椿は家族のために売られていく、土地を守る父のため、それを継ぐ兄のため、次の金を生む妹のため。
椿は価値ある者だ。家族のために意味のあることができる。決して、無価値な者のためなどではない。
思えば椿もまた、母を蔑んでいたのだろう。母もそれに気づいていたはずだ。
礼を言う母の顔が歪んでいた。歪な唇には嘲笑が、細められた目には憐憫が。なぜ、無価値な存在が椿にそんな顔を向けられるのか、当時の椿にはとんと理解できなかったのである。
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