ここに、価値在り!

2/9
前へ
/9ページ
次へ
 椿は東北にある貧しい農村の生まれだ。村全体が常に飢えていて、だから女の子が生まれると喜ばれた。女は売れる。その金で、家族は一冬分の貯えができる。  椿は価値ある子、意味ある娘だと父や兄から大事にされた。村一番の器量よしだから高い金になる、お前は孝行者だと褒めそやされ育った。  例外は母だけだ。いつもじっとりと粘着くような目で椿を見ていた。  村で大人の女に価値はない。売れ時を逃した余り物。跡継ぎと()を産むためだけに生かされ、蔑まれる。  母は口数少なく、いつも周りに怯えているような女だった。その母が、いざ椿が女衒に売りに出されるとき、言ったのだ。  「ありがとう」  ワケがわからなかった。  売られ損ない、金の成り損ない、その母がなぜ椿に礼を言うのか。椿は家族のために売られていく、土地を守る父のため、それを継ぐ兄のため、次の金を生む妹のため。  椿は価値ある者だ。家族のために意味のあることができる。決して、無価値な者のためなどではない。  思えば椿もまた、母を蔑んでいたのだろう。母もそれに気づいていたはずだ。 礼を言う母の顔が歪んでいた。歪な唇には嘲笑が、細められた目には憐憫が。なぜ、無価値な存在が椿にそんな顔を向けられるのか、当時の椿にはとんと理解できなかったのである。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加