ここに、価値在り!

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 椿が売られた遊郭は扇屋という。そこで美鶴という遊女が姐さん(・・・)となり、禿として見習いを始めた。姐さんは自分つきの禿の生活全般の面倒を見て、育てる。お稽古、作法、手習い、そして美鶴の身の回りの世話。美鶴は見世で一番の売れっ子だが、意地の悪い女だったと椿は思う。  他の禿たちは姐さんから余り物などを貰って自慢してくるのに、椿は美鶴から殆ど物を貰えなかった。食事は最低限、しつけは厳しく、稽古には常に小言がついて回った。流石に禿にみすぼらしい恰好をさせると自分の評判に響くから、与えられた衣装は上等なものではあったが全て美鶴のお古である。それでも「貸してやる」と恩着せがましい態度を彼女は崩さなかった  美鶴は男の心を掴むのがうまかった。緊張した面持ちで彼女と部屋に入った男が、出てくるときは見事に蕩けている様を椿は何度も見た。そういった男たちは異様に上機嫌で、椿を見るとなにがしか恵んでくれたりする。おそらく、付き人の椿を誑し込んで、美鶴の機嫌でも取ろうとしたのだろう。  生憎と、美鶴は自分にしか興味のない女だった。ある日、椿が男たちから恵んでもらっていると知るや、癇癪とともに折檻した。椿が貰った干菓子や小物は、まとめて売りに出されて金は美鶴の懐に収まった。  「お前のためだよ」  美鶴は言った。  「お前のためにやってあげているんだ。見習いのうちから男に甘え癖がつくと、一人前になってからつけこまれる」  「ありがとうございます」  おそらく、あの時がはじめてだ。椿が心にもない礼を口にしたのは。胸の中では黒々とした憎悪と悔しさが渦巻いていたのに…。  美鶴はふふん、と鼻を鳴らして椿をその場に残して悠々去っていく。残された椿は、口の中でもう一度呟いた  「ありがとうございます」  心にもない言葉だったが、なぜかその言葉がすとんと胸に落ちた。
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