2粒目 親友

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2粒目 親友

 親友の春雪に相談をしてから数日が経った。  私の悩みごとを話した結果、春雪から距離を取られるのではないかと内心懸念していたけれど、春雪は普段と変わらず、それどころか以前より増して私のことを気に掛けてくれるようになった。 「冬雪。今日も帰りにチョコレート見に行こうよ」 「ええ。結局、色々ありすぎて決められなかったものね」  バレンタインが刻々と近づくごとに、街や学園の中では色恋話の花が咲き、各々が色めき立っている空気が伝わってくる。  それに共鳴するように、バレンタインに関連した催し物がたくさん出店していた。 「あっ。そういえば、前とは別のお店も出店してるみたい。楽しみだね」  春雪と私はそれぞれの部活動を終えた後、ほぼ毎日一緒に帰っている。  そうはいっても寮生である私は学園の敷地内にある寮に帰るだけなので、帰宅時間としては十五分とかからない。でも私は少しでも長く春雪との時間を過ごしたくて、毎日彼女のことを見送るために駅まで一緒に向かう。  昔から素直で明るく、クラスの誰とでも打ち解けられる春雪。  そんな彼女といられる今の時間は、なによりも代え難い私の宝物。  今まで生きてきた十六年という人生の中で、これほどまでに大切にしたいと思えた友人は春雪しかいない。それくらい春雪のことも好いている自覚はある。 ――だからこそ、何一つ変化のない人生を今まで同様に過ごしていくと思っていたのに……。 (まさか、先輩を好きになってしまう日が来るなんて思わなかった……)  未だに自分の気持ちが信じられない。  高鳴る胸の鼓動。頬の紅潮。それを恋と言わず、他になんと呼べば良い。 (先輩……)  打ち明けてしまえば、私はきっと楽になれる。  けれど、優しい先輩のこと。きっと――無理をしてしまう。  悩み苦しみ、哀しむ彼女の姿を私は見たくない。  でも相反するこの気持ちを、偽ることもできない。  だから、臆病で我が儘な私は今この猶予期間(とき)を楽しむしかなかった。  ✿ ✿ ✿  夕焼けに照らされた赤煉瓦の石畳。  駅まで真っ直ぐ伸びたその通学路の両脇には、立派な桜の木が何本も植えられている。  春先、この通学路に爛漫と桜が花開く姿は目を見張るものがある。  その桜並木の道を春雪と二人で歩きながら、チョコレートについて話し合っていた。 「どんなチョコレートにしようかしら」 「うーん……。冬雪が選んでくれた物なら、なんでも嬉しいけどな」 「そ、そうかしら? 手作りか買うべきか迷っていて――でも、できれば手作りを贈りたいの」 「冬雪が手作りにするなら私もそうしようかな。……そういえば、冬雪って料理したことあるの? あんまりイメージがないんだけど」 「えっ、と……」  春雪の問いに、思わず言葉が詰まってしまう。  正直なところ、ほとんど料理というものをしたことがない。  幼い頃に一度だけしてみたことはあるものの、それ以降は残念ながらキッチンに立ち入り禁止となってしまった。 「ウチのパパとママはさ、女の子なんだから料理くらいできるようになりなさいーって。半ば無理やり、選択肢もなく一人暮らしをするようにって決めちゃったんだよ」  酷くない、と腕を組み文句を漏らす春雪を横目に見ながら、優しく微笑み返す。 「私は春雪が羨ましいわ。寮生活なんて、プライバシーもほとんど無くて億劫なだけだもの……。私は春雪みたいに一人暮らしがしたかったのに、お父様もお母様も許して下さらなくて」 「えー? ウチは寮生活のほうが羨ましいよ。寮生活だとご飯とかも困らないじゃない。自炊って大変なんだよ」 「私はその自炊というものがしてみたかったの。なのに、二人とも必死に止めるんだもの」  そんなに料理をさせたくないのか。それとも、他に理由があるのか。  結局二人とも教えてはくれなかったのが、今でも心残りで仕方ない。 「ねぇ、冬雪が作ったことのある料理ってあるの?」 「えっと、確か……最初で最後に作った料理はホットケーキだったかしら」 「ホットケーキ! 美味しいよね、ウチも冬雪のホットケーキ食べてみたいよ」 「嬉しい。――ああでも、お父様とお母様に食べて頂く前にね、使用人の方に味見をして頂いたのよ。そうしたら二週間も寝込まれてしまって……」 「え……。二週間……?」 「ええ。何が悪かったのかしら」  昔の事とはいえ、思い出すと不思議な出来事だ。一口食べて頂いただけだというのに、使用人の顔色が見る見る緑色に変化していったのだから。 「……。冬雪はさ、多分寮生活のほうが良かったんじゃないかなってウチは思うよ」 「そうかしら」 「あと、チョコレートも買ったほうがいいんじゃないかな。チョコ作りって、ホットケーキよりも、もっと大変だから」 「……。春雪が、そう言うなら……」  釈然としないまま、私は頷くしかなかった。
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