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僕は今、視界いっぱいに広がる大陸有数の大河を前にしている。天河(てんが)――いくつもの国と国とを互いが見えないほどに遠く区切る、大いなる流れ。人々の営みに寄り添い、幾千の年月を見守ってきた緩やかなる流れだ。
僕は今日、この河を渡り、隣国へ向かうのである。
その隣国である鵠王国(こうおうこく)の貴族たちには奇妙な慣習があった。彼らは十九歳になると職位を与えられ国政に参加することになるのだが、その直前の三年間を「天河学園」という場所で過ごす。
それがどこにあるかというと、僕の目の前にあるこの大河の流れの真ん中。そこに中州、つまり河の中にできた島があり、その上に学園が建てられている。彼らは十六歳から十八歳の時期をここで過ごし、政治と、政治に携わる者としての誇りを学ぶのだという。
「ウジャク殿、そろそろ船の方へ……」
「はい、すぐ戻ります」と、背後に傅いているであろう町の官吏に背を向けたまま答えた。そのまま川面をじっと見つめる。するとどこから来たものか、子供が作ったのであろう小さな笹舟がゆるりゆるりと流れてきた。それが突然吹いてきた風にあっけなくひっくり返ってしまうのを見て、僕はようやく背を向け船のもとへと歩き始めた。
これから僕は生まれ育ったヒシュウ国を離れる。そして隣国の進んだ学問を学ぶ留学生、という立場で天河学園に入学するのだ。
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