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「私ははるか南ジェレミアーシュ修道院から参った旅の巡礼者で、この町で見せて頂きたいものがあってまず宿を、あっ、そこの奥方! 待って、お願い!」
男は悪い人間ではなさそうだが、まとわりつかれていた若い娘は黙って走って行ってしまう。否、あんなふうに詰め寄られたら、誰でも逃げ出したくなるかもしれない。
「この町に、巡礼者がわざわざ見るものなんてないよ」
見かねたサシャがそう言うと、男がまばたきもせずにこちらに振り向いた。深い青色の目が、じっとサシャを見つめている。怖い。
口を挟んだサシャを咎めるように、男から逃げるように離れて行った娘が、サシャの腕をつかむ。
「サシャ、関わっちゃだめよ」
「でも、どうせ困ったら教会に来る。今相手にしようと、後で相手にしようと、同じことさ」
サシャがそう言うと、娘は申し訳なさそうに黙り込んだ。サシャの言葉通りだからだ。教会は町の入り口から続く大通りの先にある。初めて来た人間も、教会にだけは迷わずたどりつくことができるだろう。
一方の男の方は白目まではっきりと見えるほどに大きく目を見開いたまま、どたばたと駆け寄ってきた。娘は逃げるようにして去っていく。男は、寄って来るなり、大きな声でまくしたてた。
「私は巡礼を兼ねて各地の歴史を研究しているのだが、この町ではなんとも幻想的な花を見られると聞き及んでね。どうしても一目見たいと思ってここまでやって来たわけだけど、まずは宿をとろうと思っていたら、場所もわからないし、誰も私の話を聞いてくれないし、どうしたものかと困り果てていたところで」
「あのさ」
サシャは苛立ちも露わに彼の話を遮った。
「おっさんに俺がどう見えてるのか知らないけど、子供だから暇だと思ったら大間違いだから。無駄話で俺の時間を無駄にするな。用件を、簡単に、言え」
「おお!」
青年は話を中断させられたにもかかわらず、感激した、とばかりに手を叩いた。青色の目がきらきらと輝いて、まっすぐにサシャを見つめている。
「この町で私の話に返事をしてくれたのは、君が初めてだ!」
「そりゃよかったな。じゃあもうわかっただろ。ここはあんたが来るところじゃないんだ。だからさっさと」
「すまない。忙しい所を引き留めた上に、私は名乗ってもいなかった。失礼した。私はボリス。ボリス・スカンランと言う。君の名前を聞かせてくれ」
「俺の名前は聞いてくれなくていいから、俺の話を聞いてくれ」
「ああ、会話が成り立つというのは素晴らしいことだね!」
「成り立ってねえよ!」
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