春の夜に光る花

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***  教会の中を縦断し、小さな祭壇も通り過ぎてしまうと、奥に裏庭へ続く扉がある。粗末な木の扉を開けばそこには、草花が丁寧に植えられた庭が広がっている。小さなユリや、セージ、ペパーミントなど薬に使う草花ばかり育てているので、観光でやって来てまで見るような派手で美しい花は、ここにはない。ましてや、光る花などあるはずもない。  強いて言うならば、庭の中央にすえられた、若い女性を模した白い石像が最も目を引くだろう。まだ蕾のままの花を大事そうに持っているその姿は、何度も見ても美しい。マレクやサシャが毎日のように磨き上げる大理石の像は穏やかな顔つきで、少しだけ斜め下へうつむいている。まるで庭を見守ってくれているようで、サシャはとても好きだった。  ただ、他人から見て地味な石像であることはわかっていた。何より、光る花などというものを見に来た観光客にとっては。 「ハーブ園って言うと大層に聞こえるけど、神父様が面倒見てる薬草畑だよ。町の人向けの薬はだいたいここから採ってるから、俺たちにとっては大事な場所だけど……花が咲いている場所はここくらいしかない」  ボリスはがっかりするだろうか。サシャはそう思っておそるおそる隣の男を見上げた。すると、青く澄んだ瞳が輝いているのがわかった。 「……素晴らしい場所だ」  ボリスは自然と庭へ足を踏み入れ、青々としたペパーミントに目を落とす。つい先ほどマレクが水をやったのか、透明な滴が葉から零れ落ちている。 「ここを守る神父様や君の思いを感じる。見ているだけで。本当に大切に、丁寧に面倒を見なければ、こうはならない」 「まあ、大事な庭だから、手間はかけてるよ。そもそもはケルドーイ様が作った庭だって言うし」  ボリスは大きくうなずいてから顔を上げ、石像を見つめた。 「この石像が、ケルドーイ様か」 「そう。薬草を育てることがとても得意なお方だったんだって。だから、この石像の下にご遺体が埋まってて、石像も花を持ってる。蕾だけど」 「なるほど。なんと神々しい」
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