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ボリスはひとしきりハーブ園と石像を眺めた後、尋ねた。
「この町は何故、リバーンの人間を嫌うのだ?」
「またその話?」
「これほど心温かな町の人々を怒らせるということは、我らに罪があるものと思った。違うか?」
「……そういうのは本に書いてないのかよ」
「本?」
「ケルドーイ様のことを本で読んで来たんだろ」
「書いていない。彼女が育てていた光る花を治療に使うと、どんな傷でも治せたという話だが」
ボリスは本当に何も知らないようだった。きょとんとした顔をしている。サシャはうんざりしていた。
「昔、ここいらを統治していたクーシェリー侯爵と、リバーン地方の貴族との戦いがあった時、敵も味方もみんなここに逃げてきた。ケルドーイ様は、敵味方関係なく、命を救ったんだって」
「その話は知っている。君の言ったとおりのことが、ここに書いてあるのだ」
「その先は?」
「先?」
「ケルドーイ様はその後、侯爵に殺されたんだ。敵を助けた裏切者だからって」
この町で生まれ育った人間は誰でも知っている話だ。最近町へやってきたサシャですら、町の人間から幾度となく聞かされてきた。
元々は農村で育ち、流行病で親を失ってこの町に救われたサシャにとって、町の守護聖人であるケルドーイもまた、尊敬の対象になっている。それだけに、ここを観光名所であるかのようにやって来たボリスに、少々腹が立っていた。
一方、ボリスの顔からは笑みが消えた。これまでずっと、何がそんなに面白いのかと尋ねたくなるほど楽しそうにしていたボリスが、真剣な表情をしている。
「それは本当か」
そんなことも知らなかったのか、という言葉を、サシャはのみこんだ。
「……そう、神父様が言ってた」
「そうか」
ボリスは持っていた本をもう一度読み返すように眺め、そして、庭を見渡した。
「しばらく、ここにいても構わないだろうか」
だめだと言う理由はなかったし、言う気にもなれなかった。サシャは適当にうなずいて、その場を離れた。離れろと言われたわけではないのだが、自然と、そうした方が良いと思わされた。
ボリスは澄んだ青い瞳で、庭をじっと見つめていた。
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