ケルドーイの守護聖人

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ケルドーイの守護聖人

 日が落ちて夜になり、食事の用意がだいたい終わったところで、サシャはボリスを探してハーブ園にやって来た。すると驚いたことに、昼間と全く同じ場所で、全く同じ姿勢で、まだ庭を見ている。ろくに明かりもないので、庭の花など見えはしないのに。 「おい、おっさん」  さすがに心配になったサシャは、ぶっきらぼうながらもボリスに声をかける。 「夕飯、もうすぐだけど」 「ああ、ありがとう」  ボリスは心ここにあらずという様子だった。消え入りそうな声で告げる。 「少しだけ、私の話を聞いてくれないか」  嫌だとは言えなかった。昼間の騒ぎぶりは鳴りを潜め、まるで罪人が己の罪を悔悛しているかのような様子だった。 「私はね、サシャ。ケルドーイ様に救われた騎士の末裔なんだ」  これを聞いたサシャは目を見張った。まさかボリスとこの町に関係があるとは想像もしなかったのだ。 「私自身は、騎士ではないのだがね。五人兄弟の末っ子で、まともに暮らせるだけの領地を相続できなかった。小さな領地を守るために血を流すのも、拡張するために略奪するのも、気が進まなかった。だから、父から相続した領地を兄に譲って、修道士になったんだ。修道士といっても助修士で、自由に外出もできるし、きちんと届け出ればこうして巡礼の旅にも出られる。地位は決して高くないし、楽でもないが、充実している」  ボリスはさらにうつむいた。石像から目を逸らしているように見えた。 「幼いころから、我々の祖先が異郷の地で聖人に命を救われた話を聞かされて育った。敵味方関係なく手を尽くし、助けて回ったというそのお方は、なんと素晴らしいお方か。感銘を受けた私は、彼女のような神職者でありたいと強く願い、いずれこの地を訪れようと心に決め……だが、まさか、その時のことが原因で彼女が処刑されてしまっていたとは、考えもしなかった。私の家の誰も、そのことを知らないだろう。彼女に救われたという私の先祖もだ」 「そうなの?」 「私の先祖は、領地に帰った後、ケルドーイ様のご恩に報いるため、休戦に尽力したと伝わっている。ただ、休戦協定が結ばれた直後に、病に倒れたようだ。休戦の年と没年の年を合わせ見ると……もう一度ここに来ることはできなかっただろう」  サシャは初めて聞く話だった。きっと、この町の誰も知らないだろう。ケルドーイの行いが、戦を一つ終わらせていたということを。
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