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「知らなかった」
「だろうな。先祖がどこで治療を受けたか、具体的な場所は他の誰にもわからないままだった。スカンランの人間がここにくることも、この町の人々がこちらに来ることもなかったのだろう。だからこそ、知らなかったことはやむを得ないのだが、彼女の味わった責め苦を想像すらせず、私たちは……自分の愚かさと浅はかさを思うと、とても悲しくてね。町の人々に疎まれるのも当然だな」
サシャにとってのボリスはすでに、鬱陶しいだけの旅人でも、ましてや、この町の守護聖人の仇でもなかった。
ケルドーイの死を悼む、同じ人間だ。
ああ、なんということだろう。
ケルドーイはそもそも、敵も味方もなく命を救う人だった。彼女にとって、敵も味方も同じ人間だったからだ。
この町の人々は彼女を愛するあまり、彼女の信念を忘れてしまっていたのかもしれない。
「難しいことは、よく、わかんないけど」
サシャは言葉を選びながら、迷いながら話した。
「ケルドーイ様は、多分、とても優しい人だった。町の人が百年たっても騎士を恨むほど」
「そうだろうな」
「だからさ、自分が助けた騎士がちゃんと家に帰って、その、孫の孫の……孫くらい? もっと? そいつが元気でここまで来てくれて、普通に、嬉しいんじゃないかな」
ボリスが驚いたようにサシャの方を振り返った。青い瞳がじっとサシャを見つめている。
「ケルドーイ様の人生は、百年前に終わってしまった。それは悲しいことだけど、ケルドーイ様が救った命は百年経ってもつながってる。それを喜んでくれるような……ケルドーイ様はそういうお方だったんじゃないかと思うんだ。だから別に、そんなに落ち込むことはないんじゃないか」
ボリスは目を細めて笑った。
「君はとても良い神父になれそうだ」
「神父? 俺が? 何言ってるんだ。ここの神父はいつも中央教会から派遣されてくるから、俺なんて」
サシャは言葉の途中で息を呑んだ。まっすぐに庭を見つめる。
「おっさん」
サシャが庭の方を見たままぽっかりと口を開けたので、つられてボリスも庭を見た。そして、目を丸くした。
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