1/1
前へ
/102ページ
次へ

店員さんの元気な挨拶を背に、俺たちは店を出た。黙って俺の家の方へ歩き出す蓮くんの後ろ姿を眺めながら… "どうしようもできないんだ" 俺はさっきからその言葉だけが頭の中を駆け巡っていた。 「ね、蓮くん。」 「んー?」 「無理に付き合う必要なくない?二人の事は知らないけど…だってなんか…幸せそうじゃないって…いうか…」 その言葉に対して蓮くんは聞いているのか聞いていないのか微妙な反応で有耶無耶な返事をした。 「ほら…なんか、俺らの関係も彼女さんには言えないし?」 拗ねれば気を引ける、と思ったわけではないけどあからさまに拗ねる俺を見て蓮くんは足を止めた。 「確かにいつまでもこんな事、してちゃダメだよね。」 「…は?…え?待って、違うじゃん、そこまでは言ってないって」 「だって彼女いるのに他の人とこんな事して…」 「そ…そんな話しじゃなくてさ、てか別に俺たち別にやましい事なんかないじゃん!」 「そう?やましい事しかないでしょ。」 アパートの階段を登る途中、蓮くんはやっぱり光のない目で俺を見下ろした。 「いや仮に突っ込まれたとしても、ただの…友達、って言えば良いじゃん。」 「ずっと思ってた。こういうの辞めなきゃって。でも佑磨くんに依存してるのは、僕の方だから。」 「…なんの話か全然、意味、分からない…」 蓮くんを追い越して、俺は部屋の扉を開ける。 「正直、彼女さんに罪悪感とかないし俺。」 蓮くんの手首を掴んで、引き寄せれば扉が閉まって二人きりだ。 「俺だって、蓮くんに依存してる。」 昨日、何故か不安になった事を不意に思い出す。蓮くんがこの関係を過ちだと気付いて、終わらせようとするのが想像できてしまった事を。だから言ったんだ。俺はちゃんと覚悟をして言ったんだ。生半可な気持ちじゃない。 「俺、昨日言ったじゃん。蓮くんのやり場のない全てを受け止めるって。…痛みも、屈辱も。何でもしていいからって…だから、離れないでって…」 元より、恋人になれるだなんて思っていなかったし。 いいんだ、これで。 傍にいられるなら、これでいい。 蓮くんの前髪が俺の額に触れて、互いに目を強く閉じた。 「佑磨くんは、僕のこと…好き?」 「えっ…」 好きだと反射的に答えそうになったが、なんとなく正解はそうじゃない様な気がして俺は戸惑った。 「…逆に、蓮くんこそ俺のことどう思ってんの。」 質問に質問で返すなんて駄目だよなとは思いつつ、俺は自己保身に走ってしまった。 「僕は…」 キスでもしてもらえるのかと期待していたのに、蓮くんはふっと離れて靴を脱いで部屋の奥へと進んでいく。 「佑磨くんのことは好きだけど、…付き合えない。」 淡々と、蓮くんはそう言った。そして荷物をまとめて、着てきたスーツに着替え始める。 告白もしてないのに振られた気分で、俺は最悪だ。なんなら少し泣きそうになってしまった。 「…そっか」 「どうする?」 「どうするって?」 「もう会うの、やめる?」 なんて平然と言うから余計に悲しくなる。俺が、やめると言えば蓮くんはきっと頷く。蓮くんはそれで平気なんだ。 「やめない。友達だし。」 友達なんてのは、都合の良い言葉だ。俺たちは、キスもするし抱き合って身体を重ねる。愛おしくなったり、逢いたくなったり、こんなのは友達とは言わないだろう。それでも、繋ぎ止める為に俺は自分に言い聞かせるように繰り返した。 「俺たち友達じゃん、普通に。」 今までの事なんて無かった事、みたいにして。 会えなくなるなんて嫌だから。 「佑磨く…」 蓮くんが一歩俺に近付いて、顔を不自然に近付けたが俺はそれを全力で拒否した。 俺が初めて、蓮くんを拒否した瞬間だった。 「とっ、友達…だから!!!」 本当は今すぐ抱きついてキスがしたいという気持ちを必死に抑え込み、そう言った。 恐る恐る、蓮くんの顔を見上げると——— 「…やめてよ、その顔。」 「えっ、あぁ、ごめん、」 それはもう子犬より子犬のようなきゅるきゅるとした目で、そして何が一番あざといかというとそれを無意識にしているからだ。1秒で俺の理性は崩れ去りそうになる。 「友達なんだから…キ、キスはしない。…それ以上のことも…しない。だから会って良いんだよ俺たちは。」 無理矢理な言い訳を並べてなんとか蓮くんから離れないという選択肢を叩き付けた。 「…そう、だよね」 蓮くんは、小さく微笑んでリュックを背負って、いつの間にかスーツに着替えていた。じゃあまたね、と名残惜しそうな顔をしているけど俺は背中を向けて、またね、とだけ返事をした。 「ねえ、佑磨くん。」 綺麗な革靴に足を通して、蓮くんは振り返った。 「困らせてごめん。好きだなんて言って…ごめん。」 本当だよ 付き合えないのに、そんな事言いやがって そう思う気持ちは押し殺して、俺は「うん」と言った。 「でも、嘘じゃないから。」 今にも泣きそうな声だったけど、振り返った時には夕日の逆光でろくに顔が見えなかった。 「またね」 玄関の扉が閉まる音が、やたら響いて俺はしばらく玄関に突っ立っていた。 嘘じゃないから、ってなんなの。 でも付き合えないんじゃ、それはもう嘘じゃんか。 "どうしようもできない"って何が"どうしようもできない"んだよ。 こんなんで、諦められるわけなくない?
/102ページ

最初のコメントを投稿しよう!

16人が本棚に入れています
本棚に追加