ありがとう

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 世も末であると多くの老人達が口にしている。なにもかもが自動化され、人がやることなすことは全てAI化された。ロボティクスオートメーション全盛期である。  人が煩わしいと思うこと、ミスを起こしやすいこと、肉体労働が自動化されたのを皮切りに、あれもこれもと自動化が進められている。  自動化は勉強、食事、睡眠、恋愛さらには娯楽までにも及んでいた。人間の存在価値すら失われつつあるこの世界で、人間らしさを求めて地下で隠れた生活を送る者も現れ始めていた。  これは、自動化が進む世界で人間が人間らしさを取り戻すまでのストーリーである。 −−地下都市 東京都モグラ区  地下には人間の尊厳を取戻すために立ち上げられた秘密結社が存在する。そこに集まった者たちの悲願、「人類人間化計画」こそが彼らの目的である。  光ファイバーによって僅かな光を採光した天井から暖かな光が地下にあるビルの中を照らしている。そのビルの一室にメンバーは集まっていた。 「このままでは人が人ではなくなる日も近い。早急に手を打たなければ間に合わない。各部署で自動化できないアイデアを見つけられたものはいるか?」  天井からの光がユラユラと揺れる中、手を上げる者は現れない。当然である。この会議で上がったアイデアは地上であっという間に自動化されてしまうのだ。地上には人間の思考を読み、自動化するための脳波ハイエナと呼ばれる機械が徘徊しておりヒラメキを探知するとすぐに電子化し、そのデータを機関システムであるエロヒームに送るのだ。  その会議室にいた誰しもが人類はここまでか。という空気になっている。人間の思考、動きまでもが自動化された世界に何が残っているのだというのだ。沈黙が続く中で何かが落ちた音が部屋に響く。 カツン。  メンバーの一人が年代物のボールペンを床に落とした音だった。全員の視線がそれに注がれる。隣の席に座ったメンバーが拾い上げると、持ち主に手渡した。 「ありがとうございます」  沈黙の気まずい中で彼の声が響く。 −−−。 「感謝は自動化できるのか?」  メンバーの一人が呟く。その言葉に会場にいた全員が僅かばかりの期待を抱いた。  その日から感謝することが地下都市で一大ブームとなる。その動向を機関システムエロヒームは察知した。高速で感謝システムを作り、自動化を進めたのだ。感謝システムはものの数分で完成した。  しかし、人類は自動化された感謝に満足できず感謝を続けた。ここから、人類とAIによる感謝戦争が始まる。 −−− 「何このありがとう代行人っていう映画。ちょーつまんないんだけど」  スマホを片手にテラコッタカラーにネイルされた指を動かしながら少女が馬鹿にした口調で喋る。映画から時折目を離し、慣れた手付きでSNSをチェックしていた。 「あ。ミホ上げてんじゃん」  彼女の指が自然とハートマークをタップした。すぐにミホからメッセージが返ってくる。 「ハートありがと♡ ミホ」
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