3ユカはシンバルに現れた

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3ユカはシンバルに現れた

 その娘がシンバルにやってきたのは。桜が散り始めた雨の夜のことだった。  部屋の暗い隅で、黙ってじっとしていた。連れがいるようでもなかった。 時折ガタガタ震えていたので、マスターが「どうしたんや」と声を掛けた。  「おい、お前、エライ熱あるやないか」ってことで、とりあえず薬局で買ってきた解熱剤飲ませて横にならせた。  客がはけて、スタッフだけになった。  「しかし、ここで寝てしもたら家で心配してはるで」  「・・・・・・・・・」  「とりあえず、電話しとけや」  「家にはもう帰らへん」  「そない簡単に言うなや。ちゃんと家に帰らんと、世間には恐ろしいこともいっぱいあるんやで」  「そんなこと知ってるわ」とつぶやいて、しばらく天井をにらんでいたが、  「ほんでも、どんな酷いことかて、他人からされる方がまだマシや」思いがけないほど強い言葉が吐き出された。  誰も言葉を返すことが出来なかった。  彼女の腕や太ももにあざがあることには、皆気づいていたから。  「しゃあないなぁ……とにかく今夜はここで寝るか?」  コクンと頷いた。少し嬉しそうなというか、ホッとしたような顔やった。  「あのぉ……」  「なんや?」  マスター、えらい優しい声やなぁ。  「あの…表の看板にオールナイトって書いてあったけど…」  「ああ、あれはライブとかやった時はな、お客が夜明けまで帰らへんさかい、そういうときはオールナイトにしてるねん」  「そうですか…すんません」  「まあ、ええて」 そう言って俺の方を向いて、  「ワシ、今夜はお前の部屋に泊まるで」 と言った。  「えー、お前の部屋って…何で?」  狭すぎるやろが。  「お前が悪いことせんように見張っとくんじゃ」  「そんなぁ!俺、そんなことしませんよー!」  「信用ならんわい!」
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