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1.昔の話
俺、英治いうねんけど、もう30年ちかく前の話しや。まあ聞いたって。
俺は神戸元町の、繁華街のはずれの店でボーイみたいな仕事をしてたんや。ボーイて言うと、ちょっとぐらいオシャレに聞こえるやろか。実際のとこ雑用係ってことやな。
店の名はミュージックスポット・シンバルていうた。絨毯バーていうたら高級な感じやけど、全然高級やなくて、床に薄っぺらなカーペットが貼ってあって、広い部屋の隅にピアノとドラムが置いてある、単なるスペースって感じやったなあ。
週末にはライブやって、ほかの日には、だれかしら居合わせた者が自分の楽器で好き勝手に演奏したり歌ったりしとった。
メジャーデビューした者はおらんけど、上手いヤツがおおかったな。デビューって憧れるヤツもいるけど、実際にはデビューなんかしたら、喰うていくのが、かえって大変になるからな。
まあ、音好きの吹きだまりっちゅうとこやな。
田舎から出てきて、寿司屋で働いとったんやけど、シンバルに入り浸るようになって、やめてしもた。
ここでライブの準備を手伝ったり、店の手伝い、つまり買い出しにいくとか、飲み物運ぶとか、たまにおにぎりや焼きそば作るとかとか、な。
給料は寿司屋の時の半分ぐらいやったけど、店の物置に居候させてくれたし、洋服なんか、誰かしらのお下がりもろてたからな、暮らしていくのはなんとでもなったわ。
常連のバンドからちょくちょく作詞を頼まれることもあってな。俺はそういうの好きやった。
何よりもな、俺が紙切れに書き付けたコトバに曲がついて、歌われる。嬉しいもんやで。
歌詞がな、曲と一緒になって、歌になる。それを誰かが歌うことによって命吹き込まれるねん。生まれた歌がな、喜んでるんや。操り人形がムクムク起き上がって動き出すみたいな、あの感じがなあ、好きやわあ。
俺の作詞、常連のお客さんにはけっこう人気あったんよ。作詞したらお礼にメシ奢ってもろたりしてな。
シンバルでのそんな毎日は、けっこう楽しかったんや。
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