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真白と黒都
放課後、住宅街の一角にある幼稚園の中。二人の子供が端っこで、話していた。
だけど二人の顔には、笑顔ではなく互いを訝しむような表情が浮かんでいる。
「マーくん、あそぼー」
女の子が一歩近づいてそう言った。だが、言われた男の子――真白は「やだ」と首を横に振った。
色素の薄いサラサラの髪が、ふわふわと風になびく。
「なんでー?」
不思議そうに首を傾げる女の子。その子におびえるように俯きがちに、真白は言う。
「だってリリちゃん、オバケがついてるから」
「オバケ?」
彼女は、クルっと一度回った。だが、もちろん彼女にはそんなものついてはいない。……少なくとも、彼女の目には映らない。
彼女は首を傾げ、再び真白に近づいた。だけど真白は、嫌そうに顔を歪めて、離れてしまう。
さすがに怒らせてしまったようで、リリカも同じように顔を歪めた。
「へんなこ」
不機嫌そうに、他の友だちのところに走って行く。それを、真白はじっと睨みつけるように見ていた。
俺は一瞬、真白から彼女に視線を移した。が、すぐに戻し、タイミングを見計らって近づいた。
「――真白」
静かな声だったのに、真白はすぐ振り返る。やっぱり少し、色素の薄い茶色の、大きな目が、俺を見るなりすっと細められた。
「おにいちゃん」
ちょこちょこと俺に近づく。だけどチラッと周りを見てから、目の前で立ち止まってうずくまる。
俺も同じようにうずくまって、真白に笑いかけた。
「幼稚園。楽しかったか?」
我ながら白々しい、と思ったけど、あえて聞いた。
真白は少し間を空けてから、「ううん」と呟く。すぐ「どうして?」と聞き返せば、真白は一瞬肩を揺らしてから、ため息を吐いた。
「みんなでわになっておどったんだけど、しらないこがとちゅうからはいってきて……」
「ああ……体調、崩しちゃったか」
真白は少し身体が弱いから、ストレスですぐ体調を崩してしまうのだ。過敏とも言えるが、まだ幼いので仕方ないところもある。
俺は苦笑しつつ「残念だったな」と慰めた。軽く頷いた真白だったが、「でも」と口を開く。
「でもね、おえかきのじかんはたのしかった」
「よかったな」
少しでも楽しめたなら、と笑えば、真白も顔をあげてへにゃり、と笑った。頼りない、儚げな笑顔にズキン、と胸の辺りが痛む
だが、それもすぐに引っ込んで、真白はまた小さな声で言った。
「……おかあさんは?」
「まだ仕事中だったよ」
「そっか」
ため息交じりにそう言った顔は、子供らしからぬ表情で、また少し胸の辺りに痛みが走る。
だから少し、慰め程度に言った。
「母さんも、たぶん焦ってるよ」
もちろん嘘だ。それはきっと、真白もわかっているだろう。
だけど真白は、にっこりと笑った。
「ぼく、まてるから」
「うん、えらいな。真白」
よしよし、と頭を撫でてやる。ふわふわした綺麗な髪。三回ほど繰り返して、手を離した。
「じゃあ、俺はそろそろ行くよ」
「うん。またね、くろとおにいちゃん」
立ち上がって真白から離れ、そのまま手を振ることなく背を向けた。
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