コロナ渦中の闘病日記 -Ⅶ,感染性内科の医師-

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コロナ渦中の闘病日記 -Ⅶ,感染性内科の医師-

2021年2月4日は、私の生死を分けるきっかけとなった日となった。この日に医療センターを受診して感染性内科の医師に診察を受けていなかったら、私は恐らくこの世にいなかったし、当然コロナ渦中の闘病日記を書いていなかった。正直なところ私自身の運の強さに驚いている。しかし、この日記を書いている現時点で、心臓の手術を乗り越えていない。運を使い果たさないよう、ただただ祈るばかりである。 連日連夜の高熱のお陰で、体力が大分落ちていた。医療センター近くの最寄り駅から歩く気力もなく、タクシーで向かった。 朝の出勤ラッシュの時間帯にも関わらず道は空いており、午前8時45分に到着した。 前日の夜は38,5℃だったが、朝には36,7℃まで熱が下がっていたため、あっさりサーモグラフィを通過し初診受付を済ませた。 院内は高齢者が多く見受けられ、一瞬老人ホームに紛れたか?と錯覚した。 元々高齢者向けの医療機関だったが、諸事情あり幅広い年齢層を受け入れるようになったのは最近の話だ。私がざっと眺めただけでも8割程の来院者が高齢者だった。 総合案内のカウンターの前で何を気に入らないのか80歳過ぎの女性が杖を振り上げて怒鳴って暴れていた。駆け寄った女性職員は慣れた様子で女性を宥め、何処かに連れていった。周りにいた外来の来院者は女性の様子を気に止めることなく、静かに診察を待っていた。 私、来るところを間違えた? 一抹の不安を抱えつつ、問診票の記入・身長と体重測定・検温・尿検査・血液検査・肺のレントゲンを撮り、診察室に向かった。週明けの午前中ということもあり、1時間以上待った気がする。というのも、高熱にうなされ不眠になりかけていたので待合室のソファーで寝てしまったのだ。 名前を呼ばれて目が覚めた。寝ぼけたまま診察室の引戸をゆっくり引くと、中には物腰がやわらかそうな初老の感染性の医師が座っていた。 「なに、熱があるんだって?」 椅子に腰かけるなり質問が飛んできたので、私はびっくりして頭がはっきりした。 「はい、昨年の12月から発熱が続いており ます」 あれ?物腰がやらわかそう…じゃない。 ふぅんと呟くと、医師は視線を問診表に落とした。今度は眉間に皺を寄せうーんと唸り出した。 「問診表に書かれた内容の確認のため、同じ ことを質問しますが、あくまで確認ですか ら気になさらないで下さい」 突然敬語になり、ビビる私。 「あ、はい。それでしたら12月からの症状 の経過をまとめてあるので、見て頂けます か?」 私はバックからお薬手帳を取り出し、12月からどのような症状があり、抗生剤による副作用や甲状腺の検査結果などが記載されたページを開いた。 お薬手帳手帳をじっと見ると、医師は今度は私の目をじっと見た。 「いつも記録してるの?」 「いいえ、今回が初めてです。体調を崩して から暫くたちますし、どの医療機関と話を しても一から説明しなくてはいけないの で、面倒のでまとめただけです」 私とお薬手帳を交互に見つめ、 「あなた、几帳面な性格でしょ。こういう記 録を残すなんて」 コピー取らせてね、と言うと椅子を立ってスタスタ歩いて行った。 何か思っていた診察と違うと戸惑う一方で、不思議と気持ちが落ち着いてきた。 高熱=コロナ感染を疑われ、特に甲状腺の専門病院での扱いはひどかったので、やっと話を聞いてくれる医師に会えた安心感があった。 医師が席に戻ると、問診票とお薬手帳のコピーを見ながら、改めてこれまでの症状を質問された。 一通り問診を終えると、ベッドに横になり胃とお腹の触診と聴診器を当てて心音を聞かれた。 「お腹張ってるね。便秘気味でしょ」 すごい、触っただけで分かるのか! 「はい、便秘気味です」 「そう。あとね、そうね。うん」 独り言?を呟くと、触診が終わった。 尿検査よりも血液検査の結果が出るのが遅いので、院内で待つように言われた。今度は外に追い出されず、院内のカフェで待つことにした。 既に昼近くになっていたが食欲がなく、アイスコーヒーを飲みながら待っていた。 再度、診察室に戻ると医師は尿検査と血液検査結果を見ながら少々困った顔をしていた。 「コロナではなさそうだね。PCR受けてない けど。で、生理いつきたの?」 は?コロナと生理になんの関係が? 「先月は上旬にきました」 「具体的な日にちは?いつからいつまで?」 慌てて手帳とピルの残数から生理期間を特定した。 え、だからなんでコロナと生理になんの関係が? 質問できる雰囲気ではないので、黙っていた。 「実はね血尿が出ているんだけど、生理のせ いか臓器による異常か分からないんです」 また、敬語になった。 血尿よりも、医師の敬語が気になり馬耳東風になりかけた。いかんいかん。 「で、次の生理はいつ?終った頃にまた来て 貰えますか?」 生理期間に再度採血をしても、結局尿に経血が混ざってしまう可能性が高いため尿検査が無駄になってしまうのだ。 「肺のレントゲンも見ましたが、コロナではなさそうですね。綺麗な肺です」 肺のレントゲンをまじまじと見つめた。本当だ、曇り1つなく綺麗な肺だ。 肺を見ていると握り拳より少し大きめの何かが写っていた。 「ああ、それは心臓」 大病に侵されている心臓と初対面したのがこのときである。心臓の左側がやや肥大しているのだが、素人の私が心臓の異変に気がつくはずがなく、感染性内科の医師も気がつかなかった。 「あとね血液検査の結果なんだけど」 持ち帰っていいからと、検査結果の用紙を渡された。アルファベット3文字の単語が立て一列にざーっと並んでいる。隣に数値が書いてあるがなんのことかさっぱり分からない。 「詳しく血液検査をしたから項目が多いんだ けどね。重要なところはこれと、これと」 赤ペンを走らせながら、血液検査から読み取れる現在の私の症状を丁寧に説明してくれた。 CPRの数値の高さには流石に驚いており、何らかのウィルスか菌がいることは確かであるが、詳しい検査をしないと特定できないそうだ。 2月に生理がきたら終る頃に再度受診するように言われた。事前予約制になるのでピルの残数から生理予定日と終る日を予測し、検査の予約を入れた。 発熱の原因が特定されない限り薬は処方できない(的はずれな薬を飲んで症状が悪化する恐れがある)、既にかかりつけの医師から解熱剤を処方されている理由から薬は出されなかった。 次の検査の予約をして、私は病院を後にした。 しかし、次の検査に私は行くことが出来なかった。生理が終わって落ち着いているはずだったが朝から発汗が止まらず、38℃を越える熱が朝から出たためである。 震える手で何とかスマートフォンを握りしめ、13時からの診察に行けない旨を伝えるために病院に連絡をした。 呂律が回らず予約をずらして欲しい旨を上手く伝えられなかった。電話に出た職員が「ご用は何ですか?予約の変更ですか?」と何度も聞いてくる。 なんだ、この違和感は? 意識はあるのに、頭が、脳が、ちゃんと働いていない。舌がもつれる。 らちがあかないと察した職員は看護師に電話を取り次いだ。何とか感染性内科の予約変更の希望を伝えることができた。 「予約の変更は出来ました。当日気を付けて お越し下さい」 たかが検査の予約日を変更するだけで20分以上かかった。 フルマラソンを終えたばかりのようにはぁはぁ息つぎしながら、ベッドに横たわった。 忘れかけていた首と両肩の痛みが意識を現実に引き戻してくれた。 1週間ずらして再度来院した3月1日に即日に緊急入院をするよう言い渡されるとは夢にも思わず、私は眠りについた。 感染性心内膜炎と診断されるまで後一週間弱。
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