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十二時間以上寝たことはあるか? さすがにもう寝れないと無理やり体が覚醒する感覚。まだ寝たーいが湧き起こらない健やかな朝を迎えられる。まぁ、僕が起きるのは十四時の真昼間だけれど。
しかし、その日は十三時三十分ごろに目覚めた。いや、起こされた。そんな時間に目覚ましをセットしている訳でもない。
それはめったに来ない、それどころか実家に戻ってから初めての経験。
一人の時間に来客が来た。僕を起こしたのはインターホンの簡素で阿保らしいぽーんという響き。
目をこすりながら、カメラを確認すると、同級生くらいの女性が立っていた。この家を訪ねる同級生といえば中学かなと思いだしていると、その顔と重なるある人物が思い浮かんだ。
「小野寺さんじゃん! 待ってて。今起きたから、ちょっと顔だけ洗わせて!」
そう伝えてカミカゼの如く顔を洗い服を着替えて、玄関を開けた。こうして目で見たらすぐにわかる。中学二年の初めに僕らのクラス転校してきたあの小野寺さんだった。
「どうしたの急に?」
彼女が僕に家に来ることなんてあの頃でもなかった。
でも一度だけ、そう、あれは卒業まで間近といったみんなのんびりとしていた時。彼女はクラスの人たちの住所を聞いて回っていた。年賀状でもくれるのだろうか、なんて思いながら教えたっきり何もなかった。
で、なんで今? あれからもう七年も経ってるんだけど。
「今日はね。篠部くんに、ありがとうを伝えに来たんだよ」
そう笑った彼女に、僕は頭が真っ白になった。
「今……『ありがとう』って言った? えっ? 小野寺さんだよね?」
「うん、そうだよ。中学で同じクラスだった小野寺ハルカだよ。覚えている?」
「そりゃあ、もう。当然」
多分クラスどころか、あの頃の生徒、先生全員が覚えているんじゃないだろうか。彼女は伝説を残したんだから。
小野寺ハルカは感謝をしない。
ありがとうを言わない。
そんな、濃い人物を記憶から消せるわけがない。
「とりあえず、入ってよ。部屋着だからちょっと寒いし」
そうやって招き入れようとすると彼女はメモ帳を取り出して何かを書き込もうとした。付箋が大量に張られてパンパンに膨れ上がった古そうなメモ帳だった。
しかし、彼女の手は止まって。開いたメモ帳を閉じた。
そして僕を見据えてまた言ったのだ。彼女の口から絶対に聞けなかったあの言葉を。
「ありがとう。お邪魔するね」
一体全体どういうことなんだよ?
明日は雪が降るのか? 世界が終わるのか?
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