1. 亡霊

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1. 亡霊

あの時、お前を“殺した”のは誰だったのか。 俺は今もその答えから抜け出せずにいるんだ。 なあ、葉山、俺は。一体どこで、間違えちまったのかなあ。 どこで、やり直せばよかったのかなあ。 ―Who was killed by cockrobin? 細面の色白の男の人。 綺麗だけどどこか儚げで、例えていうなら亡霊のような。 ほんの一瞬、彼が私の方を見て微笑んだ気がしたのは気のせいだっただろうか。 東京、成田からエミレーツ航空でイギリス、ヒースロー空港へと降り立ったのちイギリス主要鉄道のひとつ、イースト・コースト本線の終着点、キングス・クロス駅へとやってきた。 ここからかの有名な『ハリー・ポッター』シリーズが世に出たのだ。 「やっと来たんだ。イギリスに―!」 歴史の重みを感じさせる煉瓦造りの建物を、 夢にまで見たロンドン駅の駅舎を目に焼き付けていたその時、私はその人とすれ違った。 そしてその数分後、見知らぬ外国人から声をかけられた。 “Excuse me, where is the por’ers lodge?” 「は、え、えと…。I, I’m sorry…I don’t know where is the por’ers lodge」 とっさに答えた私に、外国人は舌打ちをするとその場を離れた。 外国人―少なくともそう見えた。肌が浅黒くて髪は巻き毛の細身の男性。 『だからさっきから何度もいってるじゃない!!アクセサリーを盗まれたのよ!!』 甲高い声に思わず振り返った。一語一句、しっかりと発音するような声に聞き入ってしまう。声の主はサングラスにラフな服装の女性で、 地元の警察官に向かって感情的になっていた。容姿からして日本人だろうか。 黒髪にきめの細かい肌、すらりとした細身に卵型の顔、こちらの女性に比べるとやや小柄だがそれでも抜群にスタイルがいい。 『フィアンセから送られた指輪なの!!ここで盗まれたの!!』 英語で涙ながらに訴えるも取り合ってもらえない。 「なんで取り合ってくれないんだろ。やっぱりアジア人だから?」 「いや、それよりもまず話し方だろうな。ただ感情的になっているだけで要点が的を得ていない」 「と、智樹先輩!!な、なんで?今日は18時から大学の発表があったはずじゃあ?!」 「影武者置いてきた―それより、あの警官にスリの事を伝えなくていいのか?」 「伝えるってどうやって?犯人に関する手がかりすら無いんですよ?!」 「手がかりならあるさ。さっきの犯人の言葉、聞いてただろ」 先輩の言葉に、思わず「言葉?」と聞き返した。 「よく思い出してみろ。“総合受付”を意味するPorter’s lodgeをあの男はTを省略して発音していた。典型的な河口域英語のそれだよ」 「河口域英語?」 「ロンドンの労働者階級が話すコックニーの影響を受けた方言のことだ。シャーロック・ホームズ読んだことないのか?主にロンドンの南からイングランド南部にかけて広まったもので、最近じゃ故ダイアナ妃や元ブレア首相が話す英語もこれに近いと言われてる」 「クイーンズ・イングリッシュとは違うんですか?」 「日本人が思ってる英語はRPと呼ばれるものだが、ここに暮らす人間でそれを話すのは約3%だ。あとはそれぞれの方言で話すのが普通なんだ」
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