1. 亡霊

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「指輪は水晶とルビーでできた十字架をあしらったもので、結婚を前提にお付き合いしている彼からプレゼントされたの。私は代わりに地元の有名デザイナーが作った一点ものの銀の子犬のブローチを渡して東京に戻ったら式を挙げ ようって」 おとぎ話のような話にはしゃいでいる私の隣で先輩は冷静に話を聞いていた。 「藤堂さん、指輪を盗んだ犯人はおそらく地元の英国人です。それもEstuary Engrishを喋る、ね」 「え、エス…?」 聞いたことのない言葉に私とCHIKAさんは目を白黒させた。 「さっきの話を聞いてなかったのか?河口域英語だよ」 紅茶を一口飲んで呆れたように私を見た。 「か、河口域英語?…」 きょとんとした表情を浮かべるCHIKAさんに、先輩は得意げになって説明を始めた。 「イギリスの中部、南部を占めるイングランドの方言は大きく分けて15あると言われています。河口域英語は1980年代からケントなど、ロンドンの南からテムズ川の河口域を中心に広がった比較的新しいもので、主にロンドンの労働者階級が…」 どや顔で話すイケメンに目の前の美女がドン引きしている。無理もない。 私だって引く。 「あ、あの!私はCHIKAさんのアクセサリーを盗んだかもしれない犯人を目撃してるんです!だってそいつ、私に向かって“受付はどこだ?”って言ってたもん!浅黒い肌で黒い髪の河口域英語を話す地元のイギリス人! これって手がかりになりますよね?」 「受付と河口域英語を思いついたのは俺だよな。人の手柄を横取りしないでもらいたいね」 風向きを変えようと言った私に、先輩が不満そうに呟いた。 「とにかく、今の話をまとめて警官に伝えましょう!先輩、ここの会計よろしくです」 「ちゃっかりしてんな、お前」
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