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入学準備
ギラギラと輝くネオンが、闇を照らしている。
眠らない街、そう呼ばれる都市の一角で大きな音が響いた。
―――発砲音である。
パンパンパンと三発響いたその音は、闇の中に吸い込まれていくのであった。
「嘘だろ.........化け物か?」
「今、確かに拳銃で撃ったよな?」
ボソボソと目出し帽をした男たちが呟く。
目出し帽から覗くめは完全に萎縮しきっていた。
当然だろう。 彼らの目の前にいるのは、銃弾すらも効かない化け物なのだ。
「そんな玩具で俺を倒せるとでも?」
未だに幼さを少しだけ残した少年がゆっくりと口を開いた。 そして、男たちと対照的にえらく落ち着いた声色でポツリと呟いたのだった。
「やめろ.........来るなぁ!」
喧しいネオン街と打って変わって不気味に静まり返った闇の中で、男たちの絶叫が響き渡るのであった。
―――
カツカツカツ⋯⋯靴の高い音が静まり返った廊下へと響き渡る。 俺はピタリ、ととある扉の前で止まった。
「おい! どういうことだよ? 」
ノックなどせずに扉を蹴り破って部屋へと入る。 その中にいたのは大きな机の上で手を組みながら書類作業をしている神経質で嫌味そーな男。 まぁ実際、嫌な奴ではあるんだけどな。 妙に様になってるのが少し腹立つな⋯⋯。
「騒がしいな? どうした、琴雪?」
「どうした、じゃねえよ! これの事だよ!」
俺は手に持つ書類をその男の前にバン! と叩きつける。
その男―――凪平温斗は、納得したようにコクリと頷いた。
「いや、書いているとおりだ。 何か不満でも?」
「不満しかねぇよ! どうして、俺が学校に潜入しないといけないのか、って聞いてんだよ!」
「⋯⋯そんなことか。 簡単だ。 お前が適任だから、だ。」
それだけ言って興味を失ったように再び書類作業に戻ってしまった。
⋯⋯ムカつく! ムカつく! ムカつく!!!
「話を聞けェー!」
俺は勢いに任せて、机を大きく叩いた。 それに合わせて机の上の書類がパラパラと落ちていく。
⋯⋯あ。
(ヤバいよ! 俺やっちゃった! 早くどうにかしないと!)
「まっ⋯⋯まぁ温斗? その、何と言うか分かったよ。 俺、その任務を受ける。 だから、その⋯⋯」
そう言いながらゆっくりとその場から立ち去っていく⋯⋯
「五分だ。」
⋯⋯あ。 腕を掴まれちゃった。 どうやら逃走は無理なようです。
俺は自分でも驚く程、ゆっくりと、本当にゆっくりと振り返った。
「お前が今、落とした書類を拾い、再び順番通りに並べるのに五分かかる。 それだけの時間をお前は奪ったのだぞ?」
「あぁ。 その⋯⋯本当にすいませんでした。 温斗さん。 私も手伝いますから⋯⋯」
「まぁ聞け。 僕の好きなヒーローの言葉にこんな言葉がある⋯⋯」
(あぁぁぁ! もう⋯⋯おしまいだ。)
そうして俺にとっての地獄の時間が始まったのであった。
―――
ここはとある喫茶店。 そこで二人の人物が、談笑している。
「まったく⋯⋯あのヒーローヲタクめ! 二時間も説教する時間があるんならその時間で書類拾った方が良いだろ! そう思いますよね?」
俺はブツブツと悪態をつきながら手に持つカップを口元へと近づけた。
「あはは。 琴雪ちゃんも大変だね。 温斗執務長ってそんな感じの人なんだね。 意外だなぁ。 あんなにカッコイイのに。」
私の対面に座るおっとりとした感じの女の人、詩佳さんは飲み物を飲みながらそう呟いた。
「えぇ!? あんなのがカッコイイ? ないないないッスよ!」
「う〜ん。 そうなんだ⋯⋯。」
そう言いながら詩佳さんは俺にクッキーを差し出してくれた。 ウンウン、何処かの誰かさんとは違って本当に素晴らしい方である。 しかし.........確かにアノヤロー、顔だけは良いからな。 ムカつくぜ!
「でも琴雪ちゃんその任務、結局受けるんだよね?」
「そッスね。 温斗に上手い具合に言いくるめられました。」
「そうかぁ。 まぁ、執務長も琴雪ちゃんのことを思ってのことだろうから.........頑張って!」
「はーい。」
詩佳さんの言う通り、今回の任務は俺自身のためになるから、という意味合いも込めてのものである。
普通の人間には絶対に使うことが出来ない『異能』それを生まれつき持っている存在を『異能使い』と呼ぶ。 その数は、数十年前からチラホラと見られるようになってきた。
かく言う俺もその枠組みの中に収まっている。
そして俺が所属している組織.........と言っても俺、温斗、詩佳さん、そしてあと一人を含めた四人しかいないのだが.........の仕事は犯罪現場に急行し、『異能』を行使して犯罪者を取り押さえるというものである。
そんな俺たちの最大の問題は、人手不足。
そう、人員が圧倒的に不足しているのだ。
まぁこれに関しては仕方ない、という部分も大きい。 だって『異能』を持つ人が少なすぎるんだもの!
そして、今回の俺の任務はとある高校に潜入して『異能者』をスカウトしてくることである。
そう簡単に『異能者』が見つかるの? と思ったそこの君! 安心したまえ。 なにせ今回、俺が潜入するのは『異能高校』と呼ばれる『異能者』だけを集めた学校だからな。 まぁ学校単位ならば一人くらい目に留まるやつがいる事だろう。
「そうだ!」
「?」
コーヒーを飲み終え、帰ろうかと立ち上がった俺を詩佳さんが呼び止めた。
「琴雪ちゃんのために私がお弁当作ってあげる!」
「マジッスか! だったら俺、頑張ります!」
よし! やる気出てきたァ! めちゃくちゃ美人な詩佳さんの手作りお弁当だぞ? そんなんやるしか無いだろ?
―――やってやらぁ!
俺は意気揚々と喫茶店を飛び出したのであった。
―――
「もう一度確認するぞ。 お前の任務は、新たな人材の発掘、そしてお前自身の成長、だ。」
「へいへい。 分かってるよ。 .........てか、本当にこんなダサい格好で良いのか?」
「ダサい.........それは制服と言って、学校での礼服みたいなものだ。」
身支度を整えていた俺に温斗が突っかかってきた。 せいふく.........へぇ、そうなのか。 今まで学校に通ったことがなかったから知らなかったな。
「お前の素性を知っているのは学園長のみだ。 困ったらそこを当たれ。」
「分かったよ。」
「あとあれだ。 お前より強いやつはそういないだろうが、あまり調子に乗りすぎるなよ?」
「分かったって! もういいだろ!」
温斗は何だかんだ言って面倒見が良い奴だからな。
いや、もしかしたらただ単に寂しいだけかもしれねぇな。 未だに何かを言おうとする温斗を無視して外に出た。 眩しい朝日が差し込み、どこからか小鳥のさえずりも聞こえる気持ちのいい朝である。
「お! 琴雪ちゃん! こっちこっち!」
道をテクテクと歩いていたところ、横から声をかけられた。 振り向くと、そこには白い車の運転席に乗る詩織さんが助手席のドアを開けて待っていた。 どうやら彼女が送ってくれるようだ。 特に拒否する理由もないので、俺は助手席に飛び込むのであった。
「いやー、緊張しちゃうね! 琴雪ちゃん制服似合ってるよ! やっぱり年相応の格好をしているのも良いね!」
「そうッスね。 まぁ頑張ります!」
「しっかし.........温斗も心配性ッスね。 めちゃくちゃ注意事項言われたんスよ!」
「うーん? 執務長は多分、琴雪ちゃんのことが心配なんだよ。」
「そうなんスかね?」
そんな他愛の無い会話をしているうちに学校の前に到着していた。
今まで通ったことがないためこれが平均なのかもしれないが、体感的になかなか大きい学校だな。
「ありがとうございました。」
「はいこれ、お弁当! 頑張ってね!」
それだけ言って詩佳さんは去っていった。 弁当のお礼は.........帰ってからでいいか。
「あやかし高校.........か。」
俺は校門の横に掲げられた立札を見る。
なんかセンスが、足りないな.........『AYAKASHI』とかに変えた方がいいと思うけど。
ともあれここが今日からの仕事場だ。
俺は気を引き締めて、校門を通過するのであった。
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