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「ユリカ以外には秘密にしてきたから大丈夫」
悠君はそう言って小さく息を吐いた。
少し声が遠く感じるのは、声を潜めているからかな?
「ようやくひと段落だよ。今晩のうちに引っ越すよ」
お疲れ様、悠君。
引っ越しは大変だよね。私も手伝いに良ければよかったんだけど……。
「……うん、ありがとな。ほんとに、これで……」
私も何か力になってあげたいなぁ。
良かったら、何か作りに行ってあげようか?
「いや、まだだ。心配なんだよ。ユリカの身に何かあったらって……」
優しいんだね、悠君。
その優しさが、ちょっとだけ私を寂しくさせてるって気づいてる?
きっと気付いていないだろう。悠君はじゃあね、と言った。
私は外したイヤホンをケースにしまいながら、ひとつの決心をした。
骨付きの鶏もも肉。
玉ねぎ、にんじん、ジャガイモ。
ありきたりな材料。
でも、だからこその美味しさというのはあると思う。
ルゥは中辛と辛口を一つずつ。ブレンドして使うとちょうどいいみたい。
当然半分は余るわけで。少量パックを出すとか、中辛と辛口が半々ずつ入ったルゥを売ってくれない物かしら、と思わずにはいられない。世の人は、三つだけの選択肢で本当に満足しているの?
とはいえ、世に出回っていないところを見ると私は少数派なんだろう。
ローリエ、あったかな? バターもどうだろう。朝はパンだからマーガリンは常備しているはずだけど。まあ、良いか。高いしね。
スーパーを出た私は、その成果にほくほくとしていた。
なかなかいいスーパーじゃないの。
安いし、物も悪くない。
こういうお店が近所に見つかるだけで、テンションが上がるなぁ。
近頃はレジ袋の有料化もすっかり定着してきた感がある。
マイバッグを持ち歩いて、地球の環境をうんたら。
実際のところどうなのかしら、と私は懐疑的な立場にある。
だって、本当にそれが目的なら紙袋まで有料化しなくて良いと思わない?
何だか、便乗で金儲けの匂いがプンプンする。
……ちょっと、性格が悪かったかな?
別にそう言うつもりじゃないのよ? 本当はいい子のはず。
まあ、何でも鵜呑みにするわけじゃないって事。
ともかく、一枚三円として、一年間で千円ちょっと?
これぐらいの出費なら増えても問題ない私なんだけど、一応マイバッグは持ち歩いている。
理屈はともかく、世の流れには乗っておこうなんて感じかしらね。
実は自分でもよく分かっていないんだけど。
こういう事を考えると、いつでもレミングを思い出してしまう。
気が付いたら私、水の中で溺れちゃってたりして。
それでも、あんまり目立ちたくないなって思っちゃう。
目立つなら死んだ方がマシかと言われれば、そこのところは悩んじゃうけど。
死ぬなら、愛に死にたいかな。
なんかちょっとカッコイイ?
悠君のアパートは静かな住宅街の中にあるの。
結構奥まったところにあるし、似たような道が多いから、慣れていないと多分迷う。
私も最初は迷って、何度も辿り着くのに失敗したっけ。
今はもう大丈夫だけど。
セキュリティがばがばだし、今時鍵がディンプルキーですらないのも心配ではあるけれど。
急ぎの引っ越しだったしね。すぐ入れるアパートが見つからなかったんだよね。
でも、静かなのはいいよね。
周りはお年寄りばっかりなのかな。子供の声とかもあんまり聞かないかも。
まあ、学校も近くにある気配無いし、駅からもちょっと距離がある。
秘密基地っぽい感じはあるよね。
アパート前は静かなもんだった。
誰かが通りがかる気配も見当たらない。
平日の昼間なんてそんなもんかな。
でも、どこで誰が見ているかわかんないから用心はしておく。
悠君が折角心配してくれていたんだし、
鍵を開けてドアを開けると、薄暗い部屋の中に段ボール箱がまだ転がっているのが見えた。
なかなか片付かないのねぇ。
仕事もあるだろうし、なかなかかな。
でも、せっかくここまで来たんだからあと少し。
ともかく、料理だけでもやっちゃおう。
その後、気力があったら片付けもしようかな。
時計を見ると、午後三時。
あんまりのんびりしてる時間は無いかな。
私は段ボール箱の中から調理器具を探し出し、料理の支度を始めた。
悠君の大好きなカレー。
ちゃんと彼好みの味だって分かっている。
これがきっと、彼を元気づけてくれるはず。
なかなか会えないけれど、私はいつだって彼の事を思っているんだ。
愛情込めて作るから楽しみにしててね。
なんて、この場に悠君はいないんだけど。
鶏肉はヨーグルトに付け込んだ。
炊飯器のスイッチも入れた。
野菜の下ごしらえは終わったし、箱の中から大き目の鍋も見つけた。
いよいよカレーを作っていく。
先ずは野菜を炒めるところからかな。
「ちょっと、何してるのよ!!」
鍋に油を馴染ませていたその時だった。
急に玄関が開いたかと思うと、怒鳴り声が飛び込んで来たのだ。
顔を見た瞬間分かった。
この女が諸悪の根源だ。
「この、ストーカー女!! 悠に近づかないでよっ!!」
私は全身の血が沸騰したかのような感覚を覚えた。
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