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「飯田橋ー、飯田橋ー。お出口は左側です。」
乗り換えの駅の名前がアナウンスされ、春如は席を立って降りる準備をする。電車に揺られる体が重たく感じるのは気分が重いのが理由であるのは何となく分かっていた。
地下から地上に上がった春如を出迎えたのは春一番。春一番と言えば聞こえは良いが暴力的に春如の長い髪を乱していく風は最早嵐、その乱れた髪を何とか直そうとする春如を嘲笑うかのごとく風はまたゴウっと音を立てて春如に当たっていった。
「もう、最悪。」
怒りに呟く春如のスプリングコートに纏わりついていたのは何処からかやって来た数枚の桜の花びら。風に首を竦め下を見た時に気づいたがそれは一瞬の事、すぐさま吹いた風に持ってかれて遠くへと去って行った。
もう葉桜になってしまうのか、桜の花びらを追いかけて桜の見ごろを気にしていると電車がホームにやってきた。
彼氏の真晴と喧嘩したのは休みの土日に花見に行くか行かないかそんな些細な事。当事者である春如もしょうもない事で喧嘩した自覚はあったが、日頃の不満もあってそれを吐き出せたのでスッキリした気持ちでその時はいた。
その時と言うのは僅か一時間程度、喧嘩の後荷物を纏めた真晴が実家に帰ると言って家を出て行くまでの僅かの時間。
険しい顔をして出て行った真晴の様子から少しの焦りは過ったがしばらくすれば帰ってくるだろうと思って春如は何をするでもなく自分の時間にすることを決めて家から動くことはなかった。
数時間後に真晴からの電話がかかって来た時には、ほら来たとほくそ笑んだ春如だったが電話の内容を聞いて驚いた。
「今大阪に着いた、日曜に帰る。」
驚きの叫びと反論の言葉を言おうとする前に電話を切られてしまい、折り返しの電話も無視されて感情のまま嘘だろうとメッセージを送ると実家で飼っているポメラニアンの写真が送られて来て流石に信じるしかなかった。春如は高ぶった気持ちを落ち着けるには時間が必要で一晩寝ることで何とか冷静になれた。
このままではいけないと踏ん切りをつけた春如は「きちんと話したい。」とメッセージを送った。しばらくすると「18時30分頃に着く新幹線で帰る。」と返事が来て一先ず胸をなでおろした。
そこからどう謝ろうか、でも喧嘩の事や普段の行動に関して非があるのは真晴の方が多いだろうと感じてもいて謝るのも違う気がして自分の行動の選択肢に悩み続けて、答えの決まらないまま真晴の迎えに向かう事になった。
同じ車両にいる学生であろう仲睦まじいカップルを見て肩に重さが増した気がした春如は電車の揺れに身を任せて東京駅へと運ばれて行くのであった。
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