灰色メロンパン

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「おいおい、せっかくなら働いていったらどうだ?」  主任は冗談めかしてそんなことを言っていたが、俺はすぐに帰宅をさせてもらった。こんな時間に家に向かう電車に乗るのなんて初めてだ。しかしそんな初めてが気にならないほどに、俺は頭が混乱している。  確かに俺は昨日、1月18日は家でゴロゴロと怠惰な時間を過ごしていた。そう、朝起きたら佑香はもう家を出ていて、メロンパンを食べて、占いを見て、ニュースのまとめサイトを見て、スマホゲームをして、カップラーメンを食べて、YouTubeを見て、スマホゲームをして。  そうこうしていたらあっという間に夕方になっていて、佑香が仕事から帰ってきて、一緒に牛丼を食べて、一緒にアニメを見て、後は寝るだけ。  今思い返しても見事に怠惰を満喫しきった1日だ。こんなにもはっきりと記憶があるのだから、まさかそれが夢だったとは思えない。  ふと、俺はスマホゲームを起動する。昨日必死にレベルを上げて進化させたモンスターがいるはずだ。そのモンスターはどうなっているだろうか。モンスターボックスを確認すると、そのモンスターは進化前の姿になっていた。  朝の通勤電車でプレイしているときには、全然気がつかなかった。だってこんなことが起こるとは、全く思っていなかったから。  家に着いた俺は、放心状態に近かった。昨日の出来事は本当に夢だったのだろうか。そんなことがありえるのだろうか。  再度スマホゲームを起動しても、画面上にはピョコピョコと動き回る進化前のモンスターしかいない。もう一度あの手間をかけて進化させたいとは、今は全く思えない。  思考に疲れた俺は、とりあえずYouTubeを見て佑香が帰ってくるのを待つことにした。 「ふふーん、幹二、ただいまー」  鼻歌交じりで帰宅した佑香は、昨日と同じく牛丼を買ってきていた。 「また牛丼買ってきたんだ」 「え、久しぶりじゃない?」  やはり佑香にとっても、今日は初めての1月18日らしい。佑香は少し不思議そうな様子で俺の顔を見つめている。 「その袋の中身、チーズ牛丼とキムチ牛丼でしょ」 「え、なんでわかるの?私の心読んでる?」  佑香はおどけた様子で笑いながら、袋からチーズ牛丼とキムチ牛丼を取り出した。昨日は俺がチーズ牛丼を食べたから、今日はキムチ牛丼を貰おう。俺はキムチ牛丼を自分の手元に引き寄せた。 「え、キムチ牛丼選ぶの?普段絶対チーズ牛丼選ぶじゃん、どうしたどうしたー」 「今日は絶対キムチ牛丼な気分なの。すまんねー」  俺もおどけた様子で返してみるが、内心はかなり焦っていた。俺だけが時を戻ってしまったという現実が押し寄せてくる。  何が理由で時が戻ったのか。またさらに戻ることはあるのか。何かすべきことはあるのか。考えたって、何一つわかりやしない。  食後、佑香はアニメを見たいと言って、録画していたものを再生した。昨日一緒に見たばかりのアニメを、再度佑香と鑑賞する。佑香と同じ熱量で鑑賞することは到底できず、内容が頭に全然入ってこなかった。  もしまた戻ってしまったらどうしよう、そんな不安に駆られながら、俺は1月18日を終えた。  耳障りな目覚まし時計を叩くようにして止めると、俺はすぐさまスマホを手にして日付を確認する。  震える手で表示したその画面には、大きく1月18日と表示されていた。  また、1月18日だ。テーブルの上にはメロンパンが置いてあり、テレビをつけるとさそり座が1位と声が聞こえる。  心臓がバクバクと波打っている。こういうときどうしたらよいのかなんて、皆目検討もつかない。『タイムリープ 抜け出し方』とネットで検索をしてみたが、当然のように答えは出てこなかった。  昔こんなふうに、時間のループに飲み込まれてしまうという作品があった気がするが、あれはどうやってループから抜け出したんだっけ。  フィクションにありがちな、怪しい老婆から何かを貰ったり、精霊に話しかけられたり、何かきっかけになる出来事があったのなら原因を探ることもできたのだが、そんな出来事は何一つ身に降りかかった覚えがないので、手がかりがまるで見つからない。  そう、俺は普段通り退屈な日常を過ごしていただけだ。退屈な日常の中にやってきた、少しマシな日常である有給休暇。それを満喫していただけじゃないか。なのにどうして。  もしかして、仕事が嫌な俺に対して、神様が時間をプレゼントしてくれているのだろうか。仕事や自粛生活を頑張ったご褒美で、俺にもっと怠惰を楽しめと、言ってくれているのかもしれない。  開き直った俺は、またスマホを弄り出す。時間があるというのなら、精一杯自堕落に溺れてやろう。ニュースのまとめサイトは人気記事をいくらでも遡ってやるし、YouTubeも動画を漁り放題だ。
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