丘上美羽は好きになる

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 覚悟の無いまま自殺以外の選択肢を失い、気づけば目の前が暗闇であった。いいや、目的地に到着し生きる活力が我先に崖へ吸い込まれた。ネットで飛び降りる者が後を絶たず、幽霊が出ると噂されるスポットだ。  「へ……」  何故だか微かに口元だけが笑った。地面との距離はビル八階分に相当する。間違いなく人生を終えられる高低差だ。運が良ければ助かる可能性はゼロではない。ただ、そもそも運が良いのならここへ来ていないだろう。  徐に濡れて重くなったシューズを脱ぐ。特に意味はない。この期に及んで誰かに知ってほしい等と甘い考えは遮断している。  落下防止用の簡易的な柵を越え崖の端で止まる。あと一歩、滑りやすい崖から踏み出せば楽になれる。輪廻転生等は信じていないが、来世は金持ちで優しい親と友人に囲まれて過ごしたい、と心の底から願う。そんな叶わぬ夢を望みながら右足を前に出した瞬間、  自殺では転生できないことを思い出す。  唐突に恐怖が心臓を突き差す。身体に力が入りその場で尻もちをついていた。秒数を重ねるごとに愚かな行為に走ったと改めて思い、獣のように四足で情けない声を上げながら柵の内側へ戻った。単純な高所による危険から解放されたのか安堵の息を漏らす。  そして泣いた。死にたかったのに助かってしまった自分、それに安心し本心では生きたいと(すがり)ついた自分、死ぬ勇気すらないと落胆する自分、生きてしまい再び嫌な思い出を刻まれるかと危惧する自分。  全てが一斉に押し寄せ感情を殺しにかかる。  人間とは不思議な生き物で下手に強いものだ。三分で涙は雨へ変わる。泥を払うこともなく汚れたまま立ち上がり、ふらふらと帰路につく。活力だけが犠牲となり、彼の中身は空洞と化した。
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